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暁の獅子たちにシャルルが着いていった後。
ラーシュは考え込んでいた。
ジェイクがラーシュに問いかける。
「不安か? まぁ、分からんでもない。子供みたいなお人だ」
「まぁな」
「そういえば、お前。ヴァレッツィの名前をシャルルさんが言えなかったとき妙な顔をしていたな。あの顔はどういう意味だ?」
「いやな。……ジェイク、お前は俺が精霊魔法剣士だって知ってるだろう?」
「そうだな。希少ジョブだ。精霊魔法が使えて、なおかつ剣を扱える人間はそうそう居ない。精霊魔法だってそもそも使い手は希少なんだから」
「精霊魔法を扱える人間は、得意不得意はあっても多少精霊語を操って精霊と会話することができる」
「そうだな」
「そんな精霊魔法使いの中では、まぁ噂みたいな俗説が存在するんだよ」
「俗説?」
「あぁ。……精霊語には『ヴ』と『ツァ』『ツィ』『ツェ』『ツォ』の発音がないから、精霊はそれらを発音できない、っていう俗説だ」
「それで変な顔をしてたのか。じゃあ、やっぱりシャルルさんは人間じゃなくて精霊か?」
「いや、でかいし実体があるし。人間に見える」
だが。とラーシュは考える。
ただの人間が、あんなに精霊に好かれて近くに寄ってくるだろうか?
初めてみたときも精霊眼スキルで見たらとんでもない数の精霊を連れていた。そして次に自然公園であったときは、その精霊が力を増していて、精霊眼スキルがなくても人に見えるほどになっていた。普通なら意思も力も殆どない、ただの弱い木っ端精霊がだ。
まるで、シャルルの近くにいて力を得たように。
それに。とラーシュは思う。
あの翠眼は強い魔力を宿している。ただの緑目ではない、翠眼なのだ。シャルルを別室に通した部下、ハンネスは「まるで深緑の魔石のようだ」と言っていたが、その言葉は合っている。
怪しく魔力が光る翠眼は、顔面の美しさも相まって人外のようだった。
とはいえ、そういった「魔力宿る瞳」を持つ人間が居ないわけではない。
ラーシュも僅かだが魔力を宿した碧眼だし、平民ながら力の強いランドンも、魔力を宿した金眼を持っている。
眼と目の違いといえば、それが魔力に揺れるかどうか否かの違いだといわれている。
一説には、魔力の質が良い者の特徴なのだとか。瞳孔が魔力に反応してわずかに光るのだ。
アメシストやオパールなどといった宝石に例えられることもある。それ故に生まれたてで魔力が少ない状態で光らなかったとしても、宝石のように綺麗に色が出ている目はそのうち眼になると言われており歓迎される。魔眼とも魔力眼とも宝石眼とも言われる。
特に感情が揺れているときがわかりやすいと言われているが、シャルルの眼は感情が揺れてなくても怪しく輝いていた。よほど魔力の質が良いのだろう。
とにかく、登録用水晶を割ったことからも眼の光具合からしてもシャルルがかなり強い魔力を持っていることには変わりない。
不思議な人物だ。そう、ラーシュは思う。
顔が綺麗すぎて表情が乏しいから冷徹な印象をうけそうだがそんなことはなく、子供のような、無邪気な印象があった。何も知らない子供。そんな感じだ。
それが危ういと感じることもあるし、微笑ましいと感じることもある。
とにかく、しばらくは様子を見るしかないな。ラーシュはそう考える。
「ジェイク。中堅の冒険者に頼んでしばらくシャルルの教育をしてもらうことは可能か?」
「そりゃ、依頼を出せば可能だが……。やけにシャルルさんの事を気にするな?」
「貴族かもしれんし。それに……またやらかしそうで怖いってのもある。可哀想ってのもな。貴族かどうかわからなくても、冒険者としていっぱしになれば、生活していくことは可能だろう? それにあの実力だ。すぐに上位ランクに入りそうだし。上位ランクの冒険者の稼ぎは下手な貴族より多いからな。その方が幸せなのかもしれん」
「おぉ、お前がシャルルさんの事をすごくよく考えてるってのは分かった。良いだろう。オークの集落を潰すのから帰ってきたら、DランクかCランクあたりに声をかけてみる」
「くれぐれも人柄優先で。パーティーじゃなくてもいい」
「分かってるって。DランクとCランクはソロも多いからな。しばらく面倒を見てくれるやつを探す」
「報酬は俺からだそう」
「本当にシャルルさんのことを考えてるな」
「なぁに。しばらくすればきっと回収できるさ。なんなら実力がついてきた頃に騎士団の任務を手伝わせて回収する」
「ちゃっかりしてるなぁ」
そうして、しばらく二人はシャルルを今後どう見守っていくかを話して、解散した。