6
お茶が出され、シャルルはそれを飲んで大人しく待っていると、四人の男たちが入ってきた。
「ギルマス。カオティックドラゴンじゃなくてオークの集落が見つかったって?」
「そうだ。まぁ討伐済みらしいが、家屋を潰してくるのを知らなかったらしくてそのままらしい」
「誰だそんな杜撰な仕事をしたのは」
「私だ。家屋を壊さなければならないのを知らなかった。すまない」
シャルルが男たちに頭を下げる。男たちはぎょっとして「あ、頭を上げてください! 簡単に頭を下げてはいけません」と慌てていた。
シャルルは小首をかしげた。駄目なことをしたら、頭を下げるものじゃないのだろうか? と。
「ランドン。気にするな。こいつは貴族かもしれないが貴族じゃないかもしれない微妙な立場の男だ。今のところは平民として扱ってる」
「ラーシュ騎士団長。どういうことです?」
「記憶がないんだと。家名も分からんらしい。魔の森の奥、人間の到達できない大魔境で目が覚めて、人がいる方向に身体強化を使ってほぼ寝ずに走破してきたそうだ。バケモノ平民ってことにしておいてくれ」
「魔境で目が覚めた!? ……信じられませんね」
「カオティックドラゴンもそこで狩ったんだと。信じるしかない」
ランドンと呼ばれた男はシャルルとラーシュを交互に見ながら驚いていた。
ランドンだけではない。他の男達も「こんな細いのにカオティックドラゴンを狩ったって?」「魔法使いなんじゃないか?」「いや、カオティックドラゴンは剣で倒されてたって聞くぞ」などとシャルルを疑わしげに見ている。
ジェイクがおほん、と咳払いをして男たちの注目を集めた。
「とにかく。家屋が潰されていないので早急に潰してきてほしい。それと、討ち漏らしがあった場合は、それにも対応して欲しい。ここにいるシャルルさんが案内してくれるから、護衛をしながらになるな。だからAランクパーティーのお前たちに声を掛けた」
「護衛をしながらですか……。まぁ、カオティックドラゴンを狩って来たんだったらそんなに弱くはないと思いますがね」
「あー、それは俺から説明させてくれ。はっきり言う。シャルルは野営の準備をしていない。お前たちの準備を使わせてほしい」
「え? しかし、大魔境と魔の森を抜けてきたんですよね」
「着の身着のままのサバイバルだったそうだ。食料も、狩った獲物を焼いて食ってただけのようだし。準備させる時間が惜しい。だから余裕があるだろうお前たちに声を掛けてもらった」
「着の身着のままサバイバル……。大魔境ってそういうので生き残れるんですね……」
「俺も驚いてる。しかも無傷だからな」
「怪我はしたぞ? 鋭い葉っぱが顔に当たって顔が切れたことがある。だが、治癒魔法があるからな」
「治癒魔法まで使えるのかシャルル……」
「?」
「うん、ランドン。もうはっきり言う。こいつ常識がないから見張っていてくれ」
「そんな無茶苦茶言わないでください、ラーシュ騎士団長」
「いつ頃出発できそうだ?」
「俺の言うことは無視ですか……。そうですね、保存食を買い足して、明日には」
「シャルルもそれでいいな?」
「? 分かった」
「本当に分かってんだろうな……。とりあえず暁の獅子。自己紹介してくれ」
ラーシュがそう暁の獅子たちに水を向けると、暁の獅子たちは頷いてシャルルに向き直った。
最初に口を開いたのは、ランドンと呼ばれた赤髪の金属鎧の男。
「ランドン・ギルマーティンだ。暁の獅子のリーダーをしている。魔法剣士で、長剣を使う。シャルルさんも魔法剣士か?」
「? 魔法も剣も使う。体術も」
「治癒魔法も使えるって言ってたな。オールラウンダーかな? とにかくよろしく」
「ランドン、よろしく。シャルルだ」
次に前に出てきたのは、黒髪短髪の大きくて筋肉質な男。ランドンより重厚な鎧を身に着け、背に大盾を背負い、腰にメイスと斧を持っていた。
にっこりと優しげな微笑みを浮かべ、丁寧に挨拶をしてくる。
「マルコ・フットゥネンです。暁の獅子のタンクをしています。よろしくお願いしますね、シャルル殿」
「シャルルだ。マルコ、よろしく」
その次に前に出てきたのは茶髪の青年。全体的にほっそりとしていて、白いローブを身に着けている。腰にはマルコより小さなメイスが下げられており、同じく腰につけられたポーチには薬瓶がいっぱい挿してあった。
「サシャ・ルドゥーです! シャルルさんすごくお綺麗ですね! あ、暁の獅子でヒーラーをしています。よろしくお願いします!」
「シャルルだ。よろしく、サシャ」
最後に出てきたのは金髪を腰まで長くして一本に縛った男。鼻筋が整っている。サシャとは違う黒いローブを身にまとい、杖を片手に持っていた。
「ヴァレッツィ・マーレニークだ。暁の獅子で魔法使いをやっている。よろしく頼むよ、シャルル殿」
「ぶあれっちー? シャルルだ。よろしく」
「ぶふっ」
シャルルがヴァレッツィの名前をうまく発音できなかったことに。誰かが吹き出した。
ヴァレッツィ自身も顔をヒクヒクとさせて笑いをこらえていた。
「ヴァレッツィだ」
「ぶあれっちー」
「ヴァレッツィ」
「びゅあれっちー」
「ヴ」
「ぶ」
「ヴ」
「びゅ」
「ぐふ、いや、すまない。ヴィーでいいよ。シャルル。」
「びー」
「うーん、そうだな。ビーでいい」
「ビー。よろしく」
執務室に居た全員が体を震わせて笑いに耐えている。そんな中、ラーシュだけが変な顔をしていた。
とりあえず全員の笑いが収まったところで、ラーシュが声を掛ける。
「とりあえず、暁の獅子はシャルルを買い物に連れて行ってくれ。その後、銀の精霊亭に案内してくれ。あっと、その前にギルドはオークキングの支払いをシャルルにしてやってくれ。こいつ無一文だからな」
「ラーシュ。睨むなよ。分かってるって。あー、記憶喪失で無一文ってことは身分証もない感じか?」
「持ってない」
「じゃあギルドカードを作ろう。カオティックドラゴンを倒したんだから俺の権限でAランクまで上げられるが」
「ジェイク。駄目だ。こいつは常識が欠けてる。いきなりAランクにしても非常識な行動を取るだけだ。Fとは言わんがせめてEランクから始めさせて常識を付けさせろ」
「カオティックドラゴンを狩るEランクってのも問題なんだが……。そうだな。少し活動してもらって慣れたらAランクにあげてもいいもんな」
「そうだ。まず色々なことに慣れさせないと。それにEランクでも買取は出せるだろう? その金で生活できるはずだ」
「分かった。それでいいか? シャルルさん」
「? 分かった」
「分かってないな、シャルルお前……」
「まぁまぁ。とにかくギルド登録を先に済ませちまおう。その間にオークキングの買取金を用意させる。それからオークをいっぱい倒したと言っていたな? それも買取できるが、どうする?」
「頼む」
「よし。どれくらいある?」
「二百体ぐらい?」
「そんなにでかい集落だったのか! くっそ、被害状況も調べなきゃならんな……。まぁいい。解体室には頑張ってもらおう。アイテムボックスとはいえ、時間が経てば劣化するからな」
「? 時間停止機能付きだから劣化はしないぞ?」
「シャルル!」
シャルルが劣化しないと言うと、大声でラーシュが止めた。だが遅かった。
わなわなと震えながら、ジェイクが声を絞り出す。
「時間停止機能付きって、それはインベントリって言うんじゃないか?」
「!! ラーシュ、どうしよう」
「お前ら、ここで聞いた話は他言無用だ。あとシャルル! お前このやろう! 次からその何も入ってないバッグに手を突っ込んでから物を出せ! それで時間停止機能付きのアイテムバッグだって言うんだ。分かったな!?」
「? 分かった」
「本当に分かってるのかこいつは……」
ラーシュはうんざりしたように呟くが、暁の獅子たちは信用できる。と思い直す。
ラーシュが視線を暁の獅子たちに投げると、心得ていると言わんばかりに頷いた。
ラーシュの額に青筋が浮かびそうなところをジェイクは無視して、ギルド職員に登録器具を持ってくるように指示した。