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09.解放

 誤算だった。

 ルイス様に告げるだけ告げて午後の授業も無視して帰宅した私は、あの日から屋敷の私室に閉じ込められている。

『 『氷の貴公子』ルイス様に声をかけた男爵令嬢』というのは思った以上に広まってしまったそうで、シーフィの耳にも入り、ランチを取っている姿もどうやら見られたようで、まとめて父に報告されてしまった。

 心の底から余計なことをしてくれたものだ。

 父は領地の視察に出ており、帰ってくるのは幸いにも私が死ぬ日となっている。

 道理で普段遭遇しないのにあの日遭遇したのだった。


「いや、でも、だからって」


 部屋のドアの前には、メイドか使用人が2人態勢で立っている。ご飯を部屋に届けられ、お風呂にはメイドが1人ついてくる始末。厳重警戒すぎて私は囚人なのかと思ってしまう。


「当主様に正直引いてしまいますね」

「今更の話だろ」


 ドアの前で私が寝ていると思って話している声が聞こえてきた。

 使用人の大半は父の異常さに慣れてしまっているのだが、いよいよとなったら流石に感じるものがあるのだろうか。

 思えば、実の娘に手を出すなんて醜聞以外の何物でもない。男爵家といえども、ホルン家の名前は地に落ちることは間違いないだろう。

 実際にそうなれば一歩も外に出ることは許されず、屋敷の中で飼われるだけの愛玩動物になるかもしれない。

 知られればホルン家はどうなってしまうか想像に容易いが、知られなければ醜聞も何もない。そんな爆弾を当主が抱えてしまう前に私を殺してしまったほうが良いのかもしれない。

 父の妄執は母と母に似た私に向いているのだから、私さえいなくなればいいのだから。

 シーフィはそう思って私を殺したのかもしれない。

 歪んだ愛とはいえ、本妻とシーフィよりも私に父の愛が向いていることへの嫉妬の方が強いだろうが。


 ベッドで枕を抱きかかえて何をどうすることもできずに寝転がった。


「このまま最後の日を迎えよう」




 一度気まぐれを起こして、食事を運んできたメイドに話しかけてみたものの、メイドは私に一言も答えてくれなかった。何年も前からそのようなものだが、精神的に落ち込んでいる私にはいつも以上に心に来てしまう。

 他の男に懸想した私を父はどう思い、何をしてくるのか、想像するだけで身の毛がよだつ。シーフィが殺してくれるのが唯一の救いだ。

 ベッドに沈み込み、泥のように溶けてしまえないかと頭の中で想像する。

 脱力しきった体は死に戻った時のようで、目を開いて周りを見る。

 あの湖畔の瞳も、光を束ねた髪もどこにも見えなくて、私は再度目を閉じた。




 気が付けば2日くらい過ぎた。

 生きる気力をなくした体はいつまでも眠ることができて、目覚めてご飯を食べ、お風呂に入れられ、また眠る。

 そのことを繰り返しているだけでも時間は過ぎていくのだ。


 ただ寝ているだけでもお腹はすいて、部屋に運び込まれた食事へと向かう。

 気力をなくしたら食べる気力もなくなるかと思えば、この体は存外に元気なもので笑えてしまう。


「ん?」


 食事に近づいてみれば、部屋のドアの向こうが何やら騒がしい。

 メイドが声を荒げていて、何かがあったのだろうか。聞こえてくる声の主のメイドはいつもは冷静沈着で、こんなに声を上げているのは初めてのことだ。

 珍しいこともあるのだと、私に関係ないことだが、思わずドアに耳を引っ付けて聞き耳を立てる。


「待って。この声って」


 かすかに聞こえてきたのは、氷のように冷たく、低くて心に響く声。それは数日前に極稀に聞いていたものだ。その声は聞いているだけで胸がいっぱいになる。

 しかし今聞こえているのはどう考えても穏便なものではない。

 どうしてルイス様が来ているのか、そればかりが頭を埋める。

 もしかして優しいルイス様は突然学園に来なくなった私を心配してくれたのだろうか、と考えるのは都合が良すぎるだろうか。

 ドアを開けようとノブを回すが、鍵がかけられているため、ガチャガチャと音をたてるだけだった。


「ちょっと!開けて!」


 ドアの向こうに立っている2人に訴えかけるために大声を出す。この家にいてこんなに大声を出すのは初めてかもしれない。

 ドンドンと殴りつけるようにドアを叩くが、何の反応も返ってこなくて焦りが募る。

 私に関係ないかもしれないが、ルイス様がうちの人と揉めているのだとしたら放っておけない。


「ねぇ!ねぇ……」


 ドアをどれだけ殴りつけても何も変わらなくて、無力感に苛まれる。手が痛くなってきたところで、床に座り込んだ。


「どうしよう」


 どうしよう、どうしよう。頭の中はちっともまとまらなくて、視界に入った窓に走る。私の部屋は屋敷の2階にあり、出窓になっている窓は外倒しの開き方になっており、窓を開けたところで1人分の空間も開かない。

 開くだけならの話だ。開いても通れないのなら割ってしまえばいいのだ。

 出窓は部屋に光を入れるために大きくなっている。

 学習机の椅子の振りかぶったのと、私の部屋のドアが開けられたの一緒だった。


 バタン、と開いた扉の向こう。


「ルティリア!」


 光を集めた髪を乱した、湖畔の瞳と目があった。



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