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08.幸福(ルイス視点)

 もしかしたら俺は今夢を見ているのかもしれない。

 目の前にある若草色の愛らしいつむじと、ガラス玉の瞳は紛れもないルティリアのもので、この距離でルティリアを見れるなんて夢に見たような光景だ。

 目に焼き付けるように見ていると、ルティリアは瑞々しくてぷっくりとした唇を開いた。


「お昼、一緒に食べませんか?」


 にこり、と笑っているルティリアは神々しささえあり、俺は眩暈がした。

 胸の中でくらっとしたのを必死に隠す。口を少しでも開いたらルティリアへの想いがあふれ出てきそうで、無言で俺は歩き出した。

 後ろを見れば若草色の頭がひょこひょこと歩いているのだと想像しているだけで心臓がバクバクと音をたてる。しかし現実は後ろをちらりと見たら、若草色はどこにもなくて絶望した。


「ところで君たちはなぜ笑っているんだ?」


 クスクスと笑っている奴ら一人一人の目を流し見て、問いかける。

 自分のふがいなさと、クスクスと笑っているやつらへの腹立たしさに、声に思わず力が篭ってしまった。

 泣きだすことすらできない令嬢が生まれたての子犬のように震えている。




 サロンでセディが俺をゴミを見るような目で見ている。セディにはいろんな目で見てこられたが、こんなに冷え切った目は初めてだ。


「お前は本当にバカだな」

「言わないでくれ。いや、俺をもっと責めてくれ」

「それは気持ち悪い」


 口さがのないやつがルティリアを笑っているのを八つ当たり気味に処理してきた俺は、一心不乱にフォークで鶏肉を突いている。

 料理人が丹精込めて焼いて作った鶏肉はほろほろと柔らかく、皿の上でほぐされていく。


「でもあの子に嫌われていないとわかったじゃないか」

「それは……」


 そう思っていいのだろうか。

 体裁とプライドの貴族は女性から男性を誘うことは恥ずかしいことだとされている。とはいえ、そんなことはあまり守られていないのは、俺に声をかけてきた女の多さでわかっている。


「そもそも誘ってくれたことが……なのに俺は……」


 ボロボロになった鶏肉のど真ん中にフォークを突き刺す。勢いあまって皿から耳障りな音が響いた。

 

「明日あの子のところにいけばいいだろう」

「……」


 ルティリアに恥をかかせたことを、セディは怒っているのだろう。あの場のものは残さず口を閉じさせたが、噂が広がるのは早い。

 今ルティリアが針の筵にいると思うと、それは俺のせいだ。

 女性に恥をかかせた責任を取れ、とセディの目が言っているように思えた。


「わかった」


 深く頷いた俺に、セディが安心したように椅子に深く座りなおす。

 崩しすぎた鶏肉はフォークで取れそうになく、スプーンで掬い上げ、口へと運ぶ。

 ルティリアが誘ってくれた喜び、自分の愚かさへの吐き気、明日への緊張で何も味を感じなかった。




 翌日、ルティリアと何を話したらいいのかをずっと考えていた俺は授業に集中できるわけもなく、かといって話す内容が決まることもなく時間は無駄に過ぎていく。

 せめてルティリアを待たせるわけにはいかないと、授業が終わると同時に、屋敷の料理人に作らせたサンドイッチを握り、早足で教室を出ていく。

 ルティリアがサンドイッチを食べているのを見ていた俺は、昼飯の希望を聞いてきた料理人に、俺はサンドイッチを頼んでいた。


「……あれ?」


 ルティリアがいつも座っているベンチについた俺は、心臓がはち切れそうなくらいに音を鳴らしている。緊張で指一本動かせない俺の耳に聞こえてきたのは、一言で酔わせてきそうな透き通った声。

 ぴくっと震えた指はルティリアに気づかれていないことを願うばかり。

 何を喋ればいいのかわからず、ルティリアの動向を横目で見る。隣に座るのは嫌なのだろうか。

 後ろに下がろうとする足をみて、俺は思わず声を絞り出した。


「座ればいいだろう」


 声が高くなった気がしたが、ルティリアには気づかれなかったようで、静かに隣に座ってきた。それだけで、ここは楽園のように思える。

 隣にルティリアが座っていて、2人でサンドイッチを頬張っているだけで、心が穏やかになっていく。ルティリアと何を話したらいいのかを悩んでいたが無駄だったように感じた。

 その日、ルティリアが食べているサンドイッチが硬いパンにしなびた野菜という、平民のようなもので、ホルン家の歪みを見た気がした。あの男と本妻たちへの怒りに染まりそうな姿を見られたくなくて、その日は立ち去った。

 そして、以降もランチを一緒に食べる日が続いた。

 午前はルティリアと会うのを楽しみに、午後は会ったあとの高揚感で至福の日々が続いていく。

 ある日、料理人に頼みデザートサンドを用意してもらい、ルティリアに渡せば、ルティリアは花が咲くような笑顔で受け取ってくれて、殺されるかと思ったほどだ。




「ルティリアに殺されたい」

「どんどん酷くなっていくな」


 ランチをルティリアと取っているためか、セディと顔を合わせることが俺の私室かセディの私室となっていた。

 今日はセディの私室に来ているのだが、置くものを抑えている俺の部屋とは違い、実用性のない飾り目的の調度品も置かれているが、バランスが整っていてうるさくない。

 センスがいいとはこういうことをいうのだろう。


「そういえば告白なんて久しぶりだったな」

「あぁ。……ルティリアは俺にふさわしくないなんていう女は論外だ」

「俺からしたらお前はあの子にふさわしくないけどな」

「やめてくれ」


 『ルティリア・ホルンに心酔している男』という認識は、シーフィの耳に入るわけにはいかず、1学年下には入らないようにしているが、『氷の貴公子』という2つ名は全学年に広がっている。

 その結果、1学年からは時折爵位と顔を目当てに、同級生と上級生からは駄目で元々という体で極稀に告白されることになっていた。

 後者に関しては『ルティリア・ホルンはルイス・ヴィクターにふさわしくない』などといって迫ってくるのだ。

 腹立たしいことこの上ない。

 ルティリアを下げることしか言わない女が俺にふさわしいわけがないのだから。

 そしてルティリアに対して気の利いた言葉も言えない愚かな男がルティリアに見合っているわけがないのだ。


「なぁ、お前もしかしてあの子の親切に寄りかかっているだけのつもりか?」

「……」


 言わんとしていることはわかっている。

 もし、ルティリアが俺に心を寄せてくれているのなら、クラスまで来てくれた上に、隣で時間を共有することを許してくれるルティリアに、俺は何もしないままで良いわけがないのだから。




 まさか、その翌日にルティリアが告白してくれて思考が停止している間に、走って逃げられるなんて誰が思うだろうか。


ルイス視点をいつまでも書いてしまいそうになりました。


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