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07.愚か者(ルイス視点)

 セディからの話を聞いた後、俺は悶々とする日々を過ごしていた。もし噂通りであるならば、ルティリアがあの男に襲われるかわからない身であることは明白である。

 かといって、俺がルティリアを強引に連れ出して囲ってしまえば、あの男と同じことだろう。

 もしかして、手紙も贈り物もあの男によって差し止められているのではないかと思っているが、希望的観測に過ぎない。


「かわいかった……」

「現実逃避だなそれは」


 サロンに来る前に見かけた若草色の頭を思いだしてつぶやいた俺を、セディが肩をすくめてみせた。

 ルティリアも俺も成長期を迎えて身長が伸びているが、俺の方が伸びるのが早いのか、先ほどルティリアを見かけた時はつむじが見えていた。若草色の髪がつむじに沿って流れている頭のてっぺんすら胸を打つほどに可愛い。

 あの男の他にもルティリアに粉をかけようとする男が現れているのも悩みの種だった。目につく限りでは『話し合い』を持って諦めてもらっているが、いつか目を盗んだ不届き者が現れるとも限らない。

 

「さらってしまえばいいだろう」

「他人事だからって適当なことをいうな」

「じゃあ先に口説けばいいだろう。その顔は何のためにある」

「適当なことをいうなといったばかりだが?」


 俺の顔が整っていることは認めている。それは言い寄ってくる令嬢の数と向けられる熱の篭った視線が、俺の爵位をみた打算以上のものだと教えてくる。

 そんなもので口説き落とせるのなら苦労などないというのに。


「はぁ……」


 深くため息をついた俺にセディは「中身と外見が釣り合っていない男はお前以上にいないだろうな」と皮肉を述べた。

 1学期が間もなく終わろうとしていた。





 2学年に上がり、ルティリアと同じクラスになれないかと期待をした俺は、この学園のシステムを呪った。

 貴族学園は階級社会の縮図だ。俺のように爵位の高いものは1つのクラスに押し込められ、同時に男爵家のルティリアは他のクラスに押し込められている。

 つまり、同じクラスになることはできるはずがなかったのだ。

 ルティリアの件について手をこまねいているというのに、同じクラスになることもできず、1週間落ち込んでしまった。

 そしてその1週間のうちに、嵐はやってきていた。

 ルティリアの妹であるシーフィが入学し、ルティリアをいじめ始めたのだ。その姿は手慣れたもので、ルティリアがホルン家でも同じようにいじめられているのだと察するに容易い。

 シーフィに同調したやつは『話し合い』にて穏便に話をつけた。休学したやつもいるが、俺には関係のない話だ。

 しかし、シーフィに『話し合い』をすればホルン家でルティリアがどんな目に合うかわからないし、あの男が何をするかもわからない。

 そうこうしているうちに数カ月が経ってしまった。


「俺は無力だ」

「むしろ俺はなんであの子が気づかないのかがわからない」


 ルティリアに言い寄ってくる男と、シーフィに同調したやつとの『話し合い』の結果、その人数は両手では足りないほどになってしまった。

 学園の一部では『氷の貴公子はルティリア・ホルンに心酔している』と周知の事実になっている。おかげで言い寄ってくる人間は少なくなったし、ルティリアをいじめる人間も減ったのだから問題は何もないのだが。

 だがしかし、まかり間違ってもあの男の耳に入り、ルティリアに損害を被らせるわけにはいかない。

 シーフィの耳にもホルン家の耳にも入らないように手を入れる必要があった。

 そのおかげか、ここ数カ月は奔走していた。


「中庭に行ってくる……」


 中庭の大きな木の裏にある死角でルティリアがお昼を食べていることは知っている。食休みで歩いているように見せかけながらルティリアの姿を見るのが、俺の昼の癒しである。

 しかしそのルティリアの姿は豆粒よりかは大きいくらいに小さいのだが。

 セディはもう哀れな男を見るような目で俺を見ているのだった。

 さすがにその視線は痛かった。




 チラリと見えるルティリアの姿を目に焼き付けようと歩いていると、ルティリアがランチボックスを握ったまま虚ろな瞳で一点を見つめているのが見えた。

 何かあったのかと思わず近づくと、ルティリアが意識を取り戻したのか、ハッとした様子で空を見上げている。

 もうすぐルティリアの前だというくらいまで近づいた時、空を見上げている瞳に光が戻ったのを見て足を止めた。


「……ぁ」


 脱力しきった姿すらも愛らしいルティリアをみて、俺は口元が緩みそうになったのを必死に押さえつけた。

 恥ずかしそうに周囲を見ているルティリアの姿は、うっすらと桃色に頬を染めたものでその愛らしさはこの世のものではないように思える。

 俺の存在に気づいたのか、ガラス玉の瞳と目が合うと、それだけで心臓が止まるかと思った。


「こ、こんにちは」


 話しかけられたらもう最後だった。

 10歳の頃よりも透き通って、どんな喧騒の中でも耳に届きそうな声が聞こえてしまった俺は、ただそれだけで口元がだらしなく緩みそうになる。

 このようなだらしない姿をルティリアにみられるわけにはいかない。

 急いで踵を返した俺は、その場を立ち去った。


 なぜ立ち去ってしまったのか。俺は1日悲しみに暮れた。



完結まで18時以降にちょこちょこ投稿していきます。


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