番外02-08.話し合い
その日、ルイス様の様子がおかしかった。ぼーっとしているかと思えば、サロンではカトラリーを落としていた。
珍しいなと思いセディ様を見ると、肩をすくめられた。
「ルイス様、どうされたのですか?」
「いや、なんでも……違うな、あったというか……」
どこを見ているかわからない目をしているルイス様に、私は思わず問いかけた。ビーフシチューとパンとサラダが今日のメニューのだけど、ルイス様の目はパンにくぎ付けになっている。
顔を覗きこもうとしても目が合わない。
「ルティリアちゃんが絡むとほんとポンコツになるな」
「私ですか?」
心当たりがないといえば嘘になる。むしろ嘘をついてアメリア様のご自宅にお邪魔したし、昨日話を聞くと言ってくれたルイス様をはぐらかしたりもしたので、思い当たる節が多すぎる。
むぐ、と口を結んで波打たせていると、セディ様が呆れたようにぐるぐるとカップの中の紅茶を混ぜていた。
「2人でちゃんと話したら?」
奇しくも先ほどリカルド様にしたアドバイスを私とルイス様はセディ様から受けたのだった。
返事をどうすればいいかわからなくてもごもごとしている私と、パンをむしるルイス様がいた。
□■□■
非常に気まずい1日を過ごした私とルイス様は、その夜私の部屋で向かい合って座っていた。場所を変えたからといって、気まずい空気が一変するわけもなく。
指先を合わせてもじもじとする私と、言い出すタイミングを伺うルイス様で早1時間は過ぎている。
「……ルイス様、私は謝らなければいけません」
「それは……、1年生の男子のことか?」
隠し通していたつもりだけど、それは気のせいだったようだ。びくっと体を震わせてルイス様を見遣れば、湖畔の瞳が細められた。どちらかというとアメリア様の事なのだけど、リカルド様が私に好意を抱いていたという誤解もあって一概に違うとは言い切れない。
すっと立ち上がったルイス様が私の隣に座る。
冷ややかな視線で見下ろされて、思わず目を逸らしてしまった。逃がさないというかの様に、体を寄せられて、ぴったりと私とルイス様がくっつく。
ゼロ距離である。
身が硬くなってしまう。
「ルティリア、俺はルティリアに酷いことをしたくない」
恐る恐る視線を上げれば、湖畔の瞳が強い感情で揺れていた。
「あの男は誰だ?」
「……え?」
どうしよう。これはもしかして。
「あ、あの」
「どうして2人であそこにいたんだ?」
頭を抱えたくなった。どうやら今日リカルド様と2人で話していたことがルイス様の知るところとなっているようだ。膝に置いていた手がぎゅっと握られて、その力の強さに驚く。いつも優しく、壊れ物を扱うように触れてくれるのに。
「ち、違うんです。リカルド様は、」
「名前で呼ぶ仲なのか?」
失言と言わざるを得ない。
これ以上ないまでに眉をしかめたルイス様から氷点下の声が出る。
「悪いが、ルティリアを離してやれない」
「~~!」
美しい顔で惑わせる声色で、強く手を握られて、私は顔に熱が集まるのを感じた。リンゴだってこんなに赤くならないだろうというくらいに、真っ赤になっている自覚がある。
心臓は壊れそうなくらいにドキドキと跳ねまわっていて、体に収まっていることが不思議なくらいだ。
くらくらとした。
「わた……わた、し、が」
もううまく言葉を紡ぐことさえもできない。
「わたしが、ずっ、と、だいすき、なのは、ルイスさま、だけで、す」
こんなにも熱に浮かされていうのは初めてで、うまく伝えることが難しくてもどかしい。
言葉以外の方法でも伝えたくて、繋がれていた手を引き寄せて、頬をすり、と擦り付ける。
「んぐっ……!」
ルイス様から息を飲むような声がして顔色を伺おうとすると、ルイス様は見上げた顔を片手で覆っていた。
まだ伝わっていないのだろうか、どうしよう。
「破壊力がすごい」
「破壊力?」
どうしたら良いのだろうかと考えていると、ルイス様がぽつりと言葉を漏らした。
想像にもしてなかったことで、きょとんとしてしまう。
「いや、わかった。すまない。俺が悪かった。ルティリアがあの男子と一緒にいるのをみて、何か贈り物をしているようで、冷静になれなかったんだ」
見上げていたはずなのに、深い息を吐きながらルイス様は顔を下げた。指と指の間からちらりと目が見える。
その時、胸がずきりと痛んだ。
ルイス様を不安にさせたのは私の行動によるものだ。
誤魔化すために嘘をついて、気遣ってくれたのに何も話せなくて。挙句に男の人と2人でいるところを見たのだ。
それは、不安になるのは仕方のないことだ。
「すみません。ご迷惑をかけたくなくて、きちんとお話します」
そうして、私はぽつりぽつりとルイス様へと顛末を話し始めた。
所々で頬に寄せている手がピクリと震えるので、その度に脳裏にアメリア様とリカルド様が浮かんだ。
それでも話し続けていると、ルイス様は静かに聞いてくれた。
お菓子作りの話をする時は、石のようなものを作り出してしまったことが恥ずかしくてたまらなかったけれど、アメリア様と一緒に作った時の話をする時は楽しくてちょっと笑ってしまった。
「--ルティリアに友達ができたのか」
「……お友達?」
なんの話だろうか。
私の話していた内容とルイス様の聞いている内容は、もしかして違うとでもいうのだろうか。
不思議そうにしている私を抱き寄せ、頬に寄せていた手を離して、ルイス様がゆるりと頭を撫でてくれる。
痛いほどに優しい。
「あぁ、色々聞きたいことはあるが」
「そ、それは、あの、許してあげてほしいです……」
アメリア様は真っすぐなだけだったのだ。
実直で素直で――可愛い人だ。
「一緒に遊んできたのだろう?」
「遊んで……」
勝負だという名目だったそれは――。
「はい。遊んできました。お友達です」
休日にお茶をして、恋の話を聞いて、一緒にお菓子を楽しく作る。
私もアメリア様もきっと気づいていなかったけれど、それはきっとお友達と呼ぶにふさわしいのだろう。
「ところでルティリア」
「はい?」
気づかせてくれたことが嬉しくて、お友達ができたということが嬉しくて。
にやにやとする頬を解していると、ルイス様がにっこりとした顔で目を合わせてきた。
何故だろう、湖畔の瞳が、捕食者のように見える。
「何も話してくれなかったのは、怖がらせた俺たちが悪いのかもしれない。それに、知らない男に手作りのクッキーをあげたというのも不愉快だ」
「ひゃ、ひゃい」
捕食者の瞳に映るのは、哀れ愚かな小動物たる私だ。
「それにここ数日ルティリアとの時間を取られていて面白くない」
恋愛レベルが高すぎる。
逃げようにも私はもうルイス様とピッタリとくっついていて逃げられる気がしない。
「ルティリアにも、わかってもらうしかないようだ」
抱きしめられたと思った。それから、私の記憶は途切れている。
どれだけ私を好きなのか、愛しているのを耳元で語られ続けたことは覚えている。
何十時間にも感じられたその時間はおそらく数分だったと思う。
耳を塞ごうにも吐息を感じる程に口を寄せられているし、顔を覆うにも抱きしめられていて腕が動かせない。
「もう、勘弁、してください……」
骨のない動物のようにへにょへにょになり、縋りついて、ようやくその時間は終わりを迎えた。
頭のてっぺんから足の先まで真っ赤になり、へにょへにょな私を満足そうに見下ろしているルイス様は、悪魔のようだった。
翌日、無事に登校してきたアメリア様はリカルド様と仲良く手を繋いでいた。
それはきっと、リカルド様とたくさんお話をしたということなのだろう。
そう、たくさん、お話を――。
「ルティリア、顔が赤いですわよ」
「アメリア様も、赤いです」
後で2人で話しがあるのだとどちらからともなく約束をした。
それは、お友達との約束だ。
お付き合いいただきありがとうございました!
破れ鍋に綴じ蓋が脳内テーマでした。
↓が連載中なので、気が向きましたらどうぞ!
『悪役令嬢に転生した私ですが、今度は体を入れ替えられました。~元の体に戻りたいとは思わないので魔導書の解読にいそしみたい~』
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