番外02-05.お菓子作り
通されたのは小さなキッチンで、小麦粉の袋とバター、そしてココアパウダーやチョコが置かれていた。準備万端過ぎて感心してしまう。クマやネコの形をしているクッキーの型抜きが可愛らしくて、つい手に取る。
私はお菓子作りは初めて、というか料理もしたことがない。これはほとんどの令嬢がそうだと思いたい。
クッキーの型越しに見たアメリア様は慣れているのか、髪の毛を結い上げて、エプロンの紐を締めている。
「わたくしもあまり作ったことはありませんが、ならばこそ、いい勝負ができるでしょう」
「というか、これが勝負なんですね」
思った以上に平和で安心した。殴り合いのキャットファイトになったら勝てる気がしない。
もちろん、私はルイス様と別れなくない。負けたくないと思っている。
「男は胃袋を掴むものですもの!料理は大事ですわ!」
「偏った知識では……」
見よう見まねでエプロンを身に着け、髪の毛を緩く結ぶ。用意してくれていたエプロンはレースのついたセンスのいい可愛らしいもので、身に着けるとちょっとだけ気分が上がる。
素人が2人集まってキッチンでお菓子作りというのは、危なくないだろうかと心配になったものの、少し開けられたキッチンの扉から2つの目が見えて、ホッとした。
危ないですからね。
「何も見ずに作るのは難しいですし、メイドからレシピを預かっておりますわ」
「それは、助かります」
ピッと出された紙には、丁寧に材料から工程までが記載されていた。さっと目を通しただけだけど、細かく書かれていて、この通りすればまともに作れるような気がする。
「さぁ!始めますわよ!」
張り切って腕まくりをするアメリア様をみて、1つのことに気づく。
--アメリア様、なんか楽しそう?
私の目の前には真っ黒な炭と化した塊が鎮座していた。
クマの型抜きを使ってクマの形にしていたはずだ。なのに、見る影もなく崩れているそれは、一度液状となった後に炭へと変わったのだと変化が見える。
「ルティリア……」
勝利の眼差しではなく、いっそ哀れな人を見る目で見つめてくるアメリア様。
居た堪れなさ過ぎる。
「どうして……あつっ」
レシピ通り作ったはずのそれ。
分量も工程もレシピ通りのはずであるし、アメリア様の目の前には美味しそうなクマとネコにクッキーがある。なんなら目にあたる部分にチョコを置くというアレンジもしている。
不甲斐なさに、焼きあがったクッキーを手に取ろうとしたら思った以上に熱くて思わず手を離した。
天板の上に落ちたクッキーからは、クッキーではなく石を落としたような音がして、思わず目を細めてしまった。
「何をしていますの!早く冷やしなさい!」
「これくらい大丈夫ですよ」
天板ではなく、クッキーに触り思った以上に熱かっただけで、火傷をした感じもない。キッチン前の扉の前でガタっという音がして、ふるふると頭を振ると静かになった。見守りをしている彼女たちに申し訳ないことをしてしまった。
「何をおっしゃってますの!」
「あ、ちょっ」
手を掴まれたと思えば、流しで流水に当てられた。ざぁと流れる水に指先が徐々に冷やされていく。私の手首をつかんだまま冷やしているアメリア様は、眉を下げている。
怪我を負わせてしまったと思っているのかもしれない。
「これでは勝負にもなってませんわ」
「それは……すみません」
口をむにむにと波打たせて目を泳がせてしまった。
まさか私がここまで料理ができないとは思っていなかったのだ。
「わかりました。では、わたくしが教えてあげますわ」
「はい?」
手を離して肩をすくめたアメリア様は、そういって小麦粉とバターを冷蔵庫から取り出した。先んじて出していた材料は使い切っていたのだ。
「せっかくですもの。ルティリアもこれではつまらな――納得いきませんでしょう?」
ぱちくりと目を瞬かせて、じわじわとアメリア様の言葉を理解した。
思わず吹き出して笑ってしまう。
「なんですの?」
「いいえ」
--どうやらわくわくとしていたのは私だけではないらしい。
「……その笑い、リカルドと似ていますの」
「気のせいです」
お友達と一緒に遊ぶっていうのはこういうことを言うのだろうか。女友達のいない私にとって、ひどくむず痒い気持ちになった。
ご評価、ブックマーク等々、本当にありがとうございます。
いつも不安に思っているので救われています。
 




