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番外01.あなたとダンスを

 ルイス様の婚約者となり、数カ月が過ぎた。

 ダンスレッスンや社交の場でのマナーなどの教養の部分はすべてが赤子のような私はいまだ慣れずに目がぐるぐるする毎日だ。

 母に教えてもらった踊りは誰かと踊るものではなく、腕や足を大きく振り、感情や物事を表現するものだ。誰かと踊る社交ダンスとは違いすぎて一番苦戦している。特にステップがつい大きくなりがちなため、足元を見てしまいそうになるのだが教えていくれているマイリー女史に怒られてしまう。

 貸して頂いている部屋に戻ってきた私はぬいぐるみであふれてふれあい広場になっているベッドに倒れ込む。


「はぁ」


 思うがままに手足を動かせずフラストレーションが溜まっていて、思わずため息を漏らした。ふれあい広場からクマを一体拝借し、ぎゅっと胸に抱いた。

 社交ダンスを覚えるまでは母から教えてもらった踊りはやらない方がいいだろう。


「わかってるんだけど……」


 クマのお腹に顔を埋めていると、コンコンと扉を叩く音がした。

 弾かれるように顔を上げて、ベッドから身を起こす。

 クマをふれあい広場に戻し、スカートを叩いて皺を伸ばし手櫛で髪の毛を整えて、はしたなくベッドで横になったりしてませんよ、と言わんばかりの顔を作った。


「どうぞ」


 扉の向こうに聞こえるように声をかけると、そっと開いた扉から光を集めた髪がするりと入ってきた。

 現在この部屋にはメイドも使用人もいないため、私とルイス様の二人っきりとなる。紳士なルイス様は扉を閉めずに開けておいてくれた。

 1人掛けのソファに当たり前のようにルイス様が座ったので、私は向かいにある2人掛けのソファに座った。


「ルティリア。疲れているところ悪い」


 学園で見るルイス様は制服をきっちりと着こなしているが、ヴィクター家に帰ってくるとYシャツにトラウザーズのみのラフな格好で、シャツの白さとルイス様の美貌で非常に眩しい。シャツのボタンを2つ外し、腕まくりをしているのだから暴力性すらある。


「大丈夫です、どうしました?」

「いや……。その、最近特に忙しそうだから調子はどうかと思ってな」

「ふふ、すごく楽しい毎日ですよ」


 嘘ではない。

 社交ダンスに苦戦しているが、時間を分かち合うように踊るのはきっと楽しくて、それがルイス様とだったら幸せなことだと思う。

 まだ誰かと踊るまで練習ができていないので、想像するだけだがそれだけでも楽しくて練習に身が入る。


「もうすぐ創立パーティーだから詰め込まれてるんだ。あまり無理はしないでくれ」


 私たちの学園はもうすぐ創立して何十年かの記念日を迎える。記念日には創立パーティーが催され、パーティーではダンスもあり、現在急ピッチで社交ダンスの練習を詰め込まれているのだった。

 去年は父からの命令により、当日は家から出ることもできず、ぼんやりと自室で過ごした。今年はルイス様の婚約者ということもあり、出席はほぼ必須となっている。

 マイリー女史から思うように踊れない私のことを聞いているのだろうか、ルイス様は湖畔の瞳を不安に揺らして顔をのぞき込んできた。


「無理、はしてないのですが、母から教わった踊りと違いがありすぎて……」


 私がうまくならないと当日恥をかくのはルイス様だ。その罪悪感もあってついぽつりと話してしまった。


「ルティリアの母は確か踊り子で旅をしていたのだったな」

「はい。母は私に旅の話をいっぱいしてくれて、踊りも教えてくれました」


 ルイス様に母の話をしたことあったっけ、と一瞬疑問に思ったものの、ホルン家の爛れた家庭事情など社交場でのいいお茶請けだったのだろう。恥ずかしい。

 2人だけの部屋で母が踊ってくれたのを、私が見様見真似で踊り出し、間違っているところやわからないところは母が教えてくれてた。


『あのね、ルティリア。踊りはね――』


 部屋には私と母しかおらず、誰も聞いていないのに、内緒のことを教えるように耳打ちしてくれたのを、私は秘訣を聞いたような気分になって嬉しくなったのを思い出す。


「良い母君だったのだろう」

「はい。……ルイス様、私は本当に練習は辛くないのです」


 思い出につられたのか、顔が随分と緩んでいたようだ。

 ルイス様に母を褒められたことが誇らしくて、私はそっとルイス様を手招きして耳元に顔を近づける。

 不思議そうにしながら耳に近づきやすいように顔を傾けてくれるルイス様は相変わらず優しい。


「踊りは、一番大事なのは楽しいことなんですよ」


 これを教えるのは大切な、大好きな人だから。

 母がそうしてくれたように、私もそうしたくなって、ルイス様に囁いた。

 顔を離すとほんのりと頬を赤くしたルイス様がきょとんとしている。


「ルイス様と踊るの、楽しみにしてるんです」


 まだまだ先は遠そうですけれど、と呟けば、ルイス様はほころぶように笑ってくれた。


「俺も楽しみだ。初めてだよ、誰かと踊るのを楽しみに思うのは」


 耳元に添えていた私の手をそっとルイス様が取って、テーブルの上で手を繋ぎあう。

 繋いだ手は熱いのに心地いい。胸は高鳴るのにすごく安心して、ルイス様の手に心を預けてしまいたくなる。

 ダンスの時はこんな風に手を繋いで踊るのかと思うと、私は待ちきれないほど楽しみになった。


「当日のルティリアのドレスは俺が用意する」

「本当ですか?練習いっぱいがんばれます」


 メイドが夕食の準備ができたと呼びに来るまで、私とルイス様は手を繋いだままだった。

 翌日から私は社交ダンスの練習により一層気合をいれて、マイリー女史を圧倒したのだった。


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