10.2度目の告白
ルイス様はドアを蹴破ったようで、あれだけ殴りつけてもビクともしなかったというのに、男と女の違いに啞然としてしまった。
蹴破られたドアにより、置かれていた食事が床に散らばっている。
私の隣で落とした椅子が大きな音を建てた。
「もう大丈夫だから」
目の前が大きな体で包まれる。それは恐怖も嫌悪もなくて、私を温もりと歓喜で満たしてくれた。
それは数年前に亡くなった母と同じ温もりだ。
「あ……っ」
じわりと浮かぶ涙は玉となり、頬を伝う。一粒落ちた玉の後を追うように、ぽろぽろと次々流れていく。
嗚咽が抑えられずに、あふれてくる。
「う、うあぁ……ああああ」
大きくてあたたかい胸に顔を押し付けている私から漏れる子供の様な泣き声は、次第に強くなっていく。
「私を……助けて、ください」
「当たり前だ」
それはずっとずっと誰にも言えなかった私の慟哭だった。
泣きわめいている私を宥めるように背中を撫でてくれる。父とは違うその手に、ひどく安心してしまう。
それ以上に私の胸に沸き上がるのは、ルイス様への愛情だった。
ルイス様が与えてくれる安堵と、ルイス様への愛情に何も考えずに身を委ねたくて、目を閉じた。
あの後、ルイス様は引き留める使用人を蹴散らしながら私を屋敷から連れ出した。
もう1人男の人がいたような気がするがあの人は一体誰なのだろう。
そして私は今、ヴィクター家に身を寄せている。
天蓋のついたベッドは様々な動物のぬいぐるみとクッションが敷き詰められ、ファンシーな動物ふれあい広場のようになっている。
ルイス様には姉か妹がいたのだろうか。
部屋にはドレスがたくさん入っているクローゼットに、化粧品から宝石まで置かれているドレッサーがある。ドレスにも装飾品にも興味がない上に、本妻とシーフィが贅沢をさせるわけもなかった私の私室にはないものだった。
「不便かもしれないがもう少し待ってくれないか」
「いえ、不便なんてことは。むしろ身に余るほど良くしてくださっています」
2人掛けのソファに座る私の向かいにある1人掛けのソファにルイス様が座っている。座り心地が良すぎて根っこが生えてしまいそうだ。
不便というが、私はむしろお姫様のような扱いを受けていた。
3食はありえないほどの品目で用意され、どれも最高級の味がしており、今まで食べていたあらゆる意味で美味しくない食事とは天と地ほどの差がある。お風呂はその都度隅から隅まで磨かれ、むくみも疲れも一切残さないほどに揉まれている。
ドレスはどれもおろしたてのものばかりだ。
それなのにルイス様は申し訳なさそうに眉根を下げている。
一体どこに申し訳なさを感じるのか知りたいくらいだ。
「あの、父は……」
「安心しろ。地獄に落とすから」
「は?」
「地獄に落とすだけでは俺は足りないと思っているんだがな。仕方ないとはいえ、今生きていることすら腹立たしい」
「あの、別に殺さなくてもいいです。私を除籍さえしてくれれば」
あの日以降、ルイス様は私とよく会話をしてくれるようになった。まるで別人のようで私は戸惑いしかない。
父の身を案じるつもりは一切ないが、ルイス様は許しさえあれば今すぐ父の胸を剣で貫きそうな勢いだ。ルイス様があの化け物の血で手を汚す必要などまったくないというのに。
「君とあの男が会うことはもうない。会わせるつもりもない」
「あ、ありがとうございます」
どろどろの砂糖水につけられているかのように甘やかして、守ってくれるルイス様に顔が赤く染まるどころか火を噴きそうになる。
愛してるという気持ちが胸にあふれてきて、私は身震いした。
父のように狂いたくないというのに、狂ってしまいそうなくらいにルイス様に想いが大きくなっていく。
「どうしてこんなにしてくれるんですか?」
人の家に顔どころか、体全体で突っ込んできて、真綿で包んでくれていることに期待するなという方が無理だろう。
このままでは私の中の化け物が抑えきれなくなってしまう。
ルイス様の目を見て聞こうと思って、顔を上げ真正面から湖畔の瞳を見つめる。
「ん゛っ」
「……私にもあの父と同じものが流れています。このままでは、父と同じようにルイス様に執着してしまいます」
「ま、待ってくれ」
目をそむけたくなくて強く見つめれば、ルイス様が声を詰まらせた。
私は胸のうちを話し始めたが、ルイス様は焦ったように手をかざしてきた。しかし話し始めた私は止まらずに口を動かし続ける。
「大好きなんです。でも、私の好きはきっとルイス様には重すぎてしまう。何があってもルイス様しか想えないし、ルイス様に私以外を見てほしくなくなってしまう」
「本当に待ってくれ。頼む。待ってくれ」
「お願いです。これ以上私をルイス様のことを好きにさせないでください」
「勘弁してくれ」
もう後半は何を言っているのか自分でもわからなかった。ただただ口をついて出る言葉をそのまま伝えてしまった。
ルイス様は私にストップをかけるようにかざしていた手を口元に寄せる。
さすがに引かれただろうか、とルイス様を見て、私は言葉が出なくなった。
『氷の貴公子』のルイス様の、顔が真っ赤なリンゴのように染まっていた。
「本当に……待ってくれ」
「あ、はい」
その日ルイス様は結局「全部終わらせて明日伝えるから」そう残して部屋を出ていった。
私は自分が言った言葉をゆっくりと思い出して、じわじわと込みあがってきた羞恥に、ぬいぐるみの山に顔をうずめた。
「誰か私を殺して……」
図らずも、今日は私が死んだ日だった。
ルティリアの暴走特急。
次はちょっと時間が空きます。
あと2話で完結します。
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