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01.私が死んだ日

 男爵である父と、踊り子の母の間に生まれたのが私――ルティリア・ホルンだ。

 政略結婚だった父は本妻との間についぞ愛情を抱くことができず、踊り子であった母に一目惚れをした。無理やりと言っていいほど強引に母を囲い、父は母が逃げ出さないようにと母の子である私をホルン家に迎え入れた。

 父の私室の隣に母と私の部屋を置き、周囲の目も気にせずに母を愛した。

 しかし本妻との間には私の1つ年下のシーフィという娘がいるというのに、父が熱心に囲っているのは妾で、さらにその子供など歓迎されるはずもなく、私と母は爪弾きにされた。

 母は父に怯え、恐れを抱き、離縁を乞うていたが、それでも父は母を離さなかった。

 そして病にかかった母は心も患ってしまい数年前に亡くなった。


「あなたは、あなただけは好きな人と幸せになって」


 そう言い残して。

 父よりも母に顔立ちが似ている私は、母が亡くなった後もホルン家から追い出されることなく育てられている。

 私に母を想起する父の存在は大きく、本妻とシーフィは身なりを汚すような嫌がらせはしてこないが、本妻とシーフィの息のかかった料理人から出されるご飯はまずく、父のいないところで顔を合わせれば1時間は嫌味を言われる。

 シーフィとは同じ学園のため、学園でも嫌がらせが多く、そして「本妻の子に嫌がらせをされる妾の子供」の私にシーフィと一緒に嫌がらせをする人の方が多い。

 鞄を置いてどこかに行こうものならゴミ箱に捨てられるか、ゴミ箱にされているかのどちらかだ。


「いっそ勘当してほしい」


 母は美しく聡明で、愛のある人だった。母に望まれて生まれたわけではない私を愛してくれ、強く生きるようにと様々なことを教えてくれた。

 踊り子の旅路で出会った人、見た風景、感じたにおい、触れた感触すべてをおとぎ話のように語って聞かせ、踊りも教えてくれた素晴らしい母だ。

 いつか母と同じように世界を巡りたいという希望を胸に私は生きている。





 誰もいなくなった教室で、門限ギリギリの時間に帰るのが私の日常。

 いつも通り門限ギリギリに帰ってきた私は、屋敷の入口で父とばったり出会った。

 数カ月前から父の私を見る目がどろりと濁ってきたのを感じている私は、父と出会った瞬間、心の中で盛大に舌打ちした。

 私を見た父の瞳は初めは無感情だったのに、段々と母を想起していっているのか、どろりと濁り熱を帯びていく。


「ルティリア。後で部屋にきなさい」

「……はい」


 私にそう命じる父が化け物のように見えた。同じ人間の形をしていることが不思議でたまらない。頭を撫でようと伸ばしてくる手が、私には凶器にしか見えなくて身を強張らせた。

 髪の手触りを味わうように頭を撫でつけられ、ハァ、と熱のこもった息を漏らした父に、ゾッとした。思わず手を払った私は階段を駆け上がり、自室へと駆け込む。冷水に包まれているかのように震える体を暖めようと布団の中で丸くなった。

 途中すれ違ったシーフィの憎悪に歪んだ顔が視界の端に入り、家であるはずの屋敷は拷問部屋のようだと思った。

 いくら体を暖めても父の妄執の一端を浴びせられた恐怖はいつまでも消えることがない。

 一刻ほど丸くなっていた私は、メイドのおざなりな夕食の連絡を受け、最後の晩餐に向かう気持ちで部屋から出て階段へと向かう。

 このまま屋敷を飛び出せたらどれだけ楽なのだろうかと、階段の先にある扉を見た時、背中に大きな衝撃が走る。

 ふわりと浮いた足元。首だけで振り返った先には憎悪に歪みきったシーフィと、嬉しそうに見る本妻の顔があった。

 突き落とされたのだとわかると私は何と言っていいのかわからなかった。

 このままいけば最悪死ぬだろう。でも生きられたとしても私には化け物が待っている。

 私は何も言えずに、目を閉じた。






 痛みをこらえるように強く閉じていた瞳を開けた時、そこは学園の中庭だった。

 体に走っているはずの痛みはなく、中庭のベンチでランチボックスを手に座っている


「夢……?」


 ランチボックスの中には硬くなったパンにしなびたレタスとたまごを挟んだサンドイッチが入っている。マヨネーズなどの味付けはなく、本当にただ挟んだだけのものが入っている。

 痩せ細り見た目が損なわれることを良しとしない父と、本妻とシーフィの息がかかった料理人による妥協案で作られているサンドイッチだ。あらゆる意味で美味しくない。

 人のいる教室でランチを食べると何をされるかわかったものではない私は、中庭でひっそりと1人でランチを食べているのだが、食べながら寝てしまっていたというのだろうか。

 それにしても背中を押された衝撃や、妄執に染められた父の手の感触はいまだに残っていて背筋が凍りそうだ。

 食べる気になれないので、手に持ったサンドイッチをランチボックスに戻す。


「なんてリアル……」


 ベンチに沈み込むように体を預ければ、深く澄んだ青い空が体に熱が通してくれるのを感じた。ありえない夢ではないために、正夢になりそうな恐怖は残ってしまったが。

 気づけば深く息を吐いていた。

 体が泥になってベンチに溶け込むのではないかと思うくらい脱力しきっていた私は、身を起こして周りを見る。

 私がランチ場所としているこのベンチは中庭の隅にあり、中央の大きな木によって死角となっていた。そのため、静かにランチが食べることができる。

 とはいえ、万が一にでも脱力しきったあまりにもはしたない姿を誰かに見られていたら恥ずかしい。


「……ぁ」


 気づいてしまったが最後。

 透き通った銀の髪は光の糸を束ねたようで、湖畔のように澄んだ青い瞳の男子がそこにいた。

 『氷の貴公子』と影で呼ばれているその人は、温度を感じさせない静かな瞳で、まるで自然物を見るかのように私を見ている。


「こ、こんにちは」


 羞恥に染められた頭では誤魔化すように挨拶をすることしかできず、へらりと笑って話しかける。しかし、その返事をもらうことはなく、その人は音も経てずに立ち去っていった。

 眉1つ動いてなかったその人に、私は再度ため息をついた。


「……最悪」


 『氷の貴公子』ルイス・ヴィクター。私の初恋だった。

 初恋の人に見られたはしたない姿に羞恥に身を焦がしていた私は、午後の授業で「死んだあの日から1カ月前の日に戻っている」ことを知り、茫然とした。

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