本好きの恐怖
本能寺から来た男 外伝です。
赤坂宮と潜水艦の出会いは、とある偉大な小説家の作品に赤坂宮を導くことにつながりました。
激務に追われた本好きの技官が怖れた未来とは。
昭和十七年(一九四二年)の秋は欧州と中国は戦火が続いていたものの、日本はそれらとは全く無縁の平和を満喫していた。
が、赤坂宮の率いていた幕府、陸軍参謀本部、海軍軍令部の主だった関係者にとっては、過酷な業務に連日追われ、満身創痍状態に置かれていた。
全ては赤坂宮から矢継ぎ早に放たれる指令のせいである。
赤坂区に置かれた幕府庁舎内、小さな会議室の一つでは、今日も技官の二人が何やら愚痴をこぼしあっていた。
……
「ここのところ殿下が荒れてますよね。今日もワニのプロジェクトの連中がかなり怒鳴られてましたよ」
「ああ、軍令部も参謀本部もしょっちゅう呼び出されては油を絞られているらしいな」
「それもこれもみんな、あの潜水艦の一件以来らしいですね。それまでは結構ソフトムードだったらしいのに」
「ま、仕方無いんじゃないか。こう言っちゃなんだが、俺だって、今までどういうつもりで潜水艦を作ってきたんだって聞きたくなったぐらいだからな。空母がいい、戦艦がいい、って争ってた連中もたいがいだが、あれらはまだどうしてそう思うのか、というちゃんとした理由があったからな。ところが潜水艦ときたら、もうロマンだけみたいな感じだからな。殿下じゃなくたってブチ切れたくなるさ」
「でも殿下って潜水艦乗りの連中には甘かった感じしません?」
「まあ、そうだな。ロマンチスト自体は嫌いじゃないんだろ。ただ兵器開発にロマンを持ち込むな、ってそういう態度なんだろうな」
「きっと、あの小説の影響も少しあるかもしれませんね」
「ああ、潜水艦隊のボスからもらったっていう本か。殿下がかなり夢中になっていた本らしいな。何て本だ?」
「海底二万マイルっていう本でしょ。ジュール・ベルヌの」
「外国の小説か。そんなに面白いのか」
「潜水艦が出てくる本ですからね」
「そういうことか。だから殿下は潜水艦にブチ切れるようになったんだな」
「どういうことです?」
「いや、殿下が潜水艦に期待している性能が現実離れし過ぎていてな。なんで突然こんな要求が出てきたんだって思っていたんだよ。その小説に出てくる潜水艦ってどんななんだ」
「そういうことですか。その小説に登場する、ネモ船長の乗るノーチラス号って潜水艦は、水中を海上の船よりも速く動けて、しかも滅多に浮上する必要がありません。それに深海にも潜れるし、敵艦に体当たりを食らわせれば、相手は真っ二つになる、ってシロモノです」
「なるほど。現実を知った殿下が誰かに当たり散らしたくなってもおかしくないな、その設定……。サギにあった気持ちになったんだろうな、きっと」
「現実は、水中速度は四ノットがせいぜい、潜っていられる時間はうまくいって三時間、深度は五十メーター以内でお願いします、ですからね。そりゃ怒られてもしかたないか。でも技術者は別に小説の中の船を作れって言われたわけじゃないのに怒られるなんて不合理です」
「問題は、作った技術陣じゃなくて、実態を知った上で、この潜水艦を作らせた方にある、って殿下は言ってるんだよ」
「そう言われればそうですけど」
「軍令部が考え無しと言われても仕方あるまい。そんな不完全な潜行能力しか持たないもんに、どうして地球の裏側まで行ける巡洋艦並みの航行能力を与えようとしたのか、意図が分からん、と言われれば納得するしかないよ」
「大元の潜水艦が、ドイツから設計図とか買って作ったんだから潜水艦はこういうものだと信じて疑わなかったから、とか?」
「そうかもな」
「ドイツは前の世界大戦の時、広大な大西洋を航行する商船を潜水艦で沈めるという目的のためにそういう設計にしたんですよね。それがどうしてダメなんです?」
「潜水艦で商船沈めるのに成功したのは、大戦の初期だけだったんだよ。潜れるって言ってもずっと潜っていられるわけじゃないし、潜ったままの移動速度なんて手漕ぎのボートよりは早いっていう程度の速度だろ。しかも深度も浅いから偵察機に簡単に位置を把握されて、現場に急行した水上艦から爆雷の雨を降らされてほとんど全滅したんだ。つまりイギリスが飛行機を船に乗せるようになって、飛行機が海の上を飛ぶようになったら、全然使い物にならなくなったというわけだ」
「夜なら……。あっ、そうか潜水艦も昼しか敵船を視認できないのか」
「そういうこと。ドイツもいろいろ技術開発をやって、水中速度を上げて対抗しようとしたようだが、うまくいかなかったんだよ。だから殿下の言う通りなんだ。今のあの潜水艦じゃ、まず敵の海上戦力、航空戦力を完全に殲滅した後じゃないと使い道が無い。どう使っても戦果も期待できないし、乗員の犠牲も防げない」
「こういうところをまずはっきりさせておかないといけなかった、ということですね」
「ま、紆余曲折はあったが、そういう話にはなってメデタシメデタシと、いかなかったのが問題だけどな。当然の流れとして、今度はそのノーチラス号に迫る潜水艦を作れとなって、遅ればせながら技術的問題が限度無く難しいとなって、また殿下を怒らせることになった、ってのはもう笑い話の領域だよ。まったく何をやっているんだか。しかし金の無駄遣いは防げたというのは間違い無い。それで済んで良かったということにしようじゃないか」
「あれれ、なんかこれで難問は片付いたっていう言い方ですね、それって」
「だって、ノーチラス号の話はこれで決着ついただろ」
「確かにそうですけどね。殿下、あれから結構読書にハマったみたいですよ。今何を読んでるか興味ありませんか? 井上さんのところに最近本屋が頻繁に出入りしてるって知ってます? いつも机の上に何冊も置いてあるんですよ、こちらの興味を刺激しそうなタイトルの本が」
「なるほど、お前の言いたいことはよく分かった。確かに予防線としてそういう情報は知っておいた方が良さそうだな、今度さりげなく探りをいれてみよう」
「あれ、先輩は興味無いんですか?」
「興味はあるが、自分で小説とか読む気にまではならん。俺は文字よりも数式の方が好きだし、昔から小説ってのはどうも気に入らんのだ。事実では無い話って、要するに嘘っていう意味だろ」
「なんか、それっていろいろ淋しそう? 友達がいない? いや、人間味に欠ける? 感受性に障害あり? はっ、もしや人間失格とか」
「うるさいな。それにお前が読むんならお前から中身の話を聞けばいいだけの話だしな。そっちの方が俺には楽なんだよ」
「ああ、なるほど、って。それってじゃあ、僕がそれを読むのは先輩のため、ということで本代は、負担して頂けると考えてよろしいですね」
「お前な……」
「毎度ありがとうございます」
……
「なんかわかりました、例の話?」
「ああ。うまいこと井上さんの話が聞けた。空想科学小説、サイエンスフィクションというのがお気に入りらしい。例の海底二万マイルの著者もそういう分野に入るそうだ。現代の技術では実現不可能だが、科学的知見からすれば、そういうものが作れてもちっともおかしくなさそうなものを専門に扱うような分野らしい。今はまだ夢物語にしか過ぎないが、未来のどこかで実現するはず、みたいな」
「いかにも殿下好みですね。まさに今の建艦計画が書いてありそうな感じがする。是非読んでみたいです。人気の著者とか、わかります?」
「まずジュール・ベルヌだが、それ以外と言うと、おう、これこれ、H・G・ウェルズってのが殿下の大のお気に入りになっているらしい。なんでもサイエンスフィクションという分野を築いた第一人者だそうだ」
「やっぱこういうのはイギリス人なんですね。あの国は小説の新しいジャンルを産むなんかそういう風土みたいなものがあるんですかね」
「そうか、ミステリーもシャーロックホームズが発端だったか。今は名探偵ポアロってのが人気らしいな」
「あれ、詳しいじゃないですか」
「いや、人間失格とか言われたら、興味を持たざるをえんだろ」
「確かに。文明人として正しい態度だと思います。じゃ、先輩が読んでみる、ということにしたらどうです?」
「いや、まだそこまでのやる気は起こらん。さっさと読んで中身を教えてくれ。本代ぐらい出してやるから」
「ホントに小説苦手なんですね。じゃ、今夜はちょっと先に失礼させてもらって本屋に寄らしてもらいます。うまく見つかればいいけど、神田あたりにいけば見つかるかな」
「殿下のところに来てる本屋も確か神田じゃなかったかな、井上さんに店の名前を聞いていった方が早いんじゃないか」
「井上さん、まだ、いるかな。確かにそっちの方が手っ取り早そうだ」
「分かった。ちょっと待ってろ、井上さんの様子見てくるから」
「あっ、すみません。お願いします」
……
「きゃー、先輩お待ちしてました。はい、これお願いします」
「な、なんだよ、この金額……」
「例の本代ですんでよろしく」
「おい、まさか、小説本ってこんなに高いものなのか?」
「いや、普通の小説ならそんなことないと思いますよ」
「普通の? どういう意味?」
「だから普通の日本人作家の書いた小説ならずっと安い価格で買えるみたいです」
「なんだそれ? イギリス人の書いたものは高いとかそんな話なのか?」
「いや、そういうわけではないと思うんですけど、H・G・ウェルズの本って、まず和訳されたものは少ししか無くて、で、向こうで人気のある作品だから権利代とかも高いのか、その翻訳本だけ特別高かったんです。それにそもそも和訳されてる作品って一つしか無くて、後は全部結局輸入品の英語版になったというわけでこういう金額になったという次第で」
「洋書……なのか。……ちょっと待て、じゃ殿下はどうしてるんだ?」
「洋書で読んでるじゃないですか」
「そっか、アメリカ帰りだったんだよな。洋書とか何でもないのか……。待てよ。お前、もしかして洋書でも平気で読む人だったの?」
「やだなぁ、今更。日本語の本だけだったら、本好きとかすぐに飽きてしまいますって。あれやこれやと物色してたらどうしても英語の本にも手を出さざるをえませんから。そもそも作家だって日本よりずっと多いわけですし、それに向こうの話の方が発想がぶっ飛んでて面白いのが多いですからね。学生時分にシャーロックホームズの原典の古本を買ったのが四年前で、それからちょこちょこ買ってますけどまだ百冊には届いていないかな。しかも悲しいことに、不勉強なもので英語のものばかりなんですよ。フランス語やドイツ語の本も自由に読めたらいいなといつも思うんですけど。なかなか手が出せなくて」
「あ、そう、もういい。俺はお前の本好きってのを舐めていたということがようく分かった。金は明日払うから、さっさと読み終えて中身を教えてくれ」
「了解でーす」
……
「H・G・ウェルズどんな具合だ?」
「はあ、まあ面白いっちゃ面白いんですが……、何と言うか、ものすごく疲れます」
「疲れる? 読むのが大変って意味なのか? 英語がそんなに難しいのか?」
「ああ、そういう意味じゃなくてですね。書いてある意味を理解するのは簡単なんですが、その、どうしても何故ホントに作れないのかな、って方をどうしても考えちゃうんですよ」
「ふふふふ、そりゃ、お前が技術者だから、ということだな。へえ、お前がそんなふうに考えざるを得ないアイデアが紹介されているということか。なかなか面白そうだな。どんなアイデアなんだ、教えてくれ」
「えっと、それじゃあ、人間が病原菌を改造しましてね、普通の細菌よりもずっと繁殖力をあげて、薬に対する抵抗力を上げた株を作って、それを砲弾に仕込むなんてアイデアなんてどうです」
「それはつまり、その砲弾がどっかで爆発すると、その細菌が撒き散らされて、付近一帯の人間を病気にするってこと?」
「はあ、まあそんな感じです」
「毒ガス弾ってアイデアならあったが、細菌ってのは斬新だな。だけどまあ、そういうのは医者とか生物学者の担当分野だな」
「ま、納得です。じゃあ、次、改造動物と改造人間」
「何ソレ?」
「とある科学者が、動物や人間を捕まえて機械とかを埋め込んで改造してしまうという話です。普通の動物や人間と比べものにならないような異能を持つ、っていう話」
「う、これはちょっとそそられるな。強化型の兵士、面白い。銃弾が当たっても平気とか無敵の兵隊を作るって話だな……。しかしこれこそ、難しいぞ。人間のことも動物のこともメカニズムとして、分からないことが多すぎる。まあ、分かったとしても、人間の身体に機械を埋め込むなんて技術は今のところは全く無いわけだが……、まさしく未来だな」
「さらにこれの上を行くアイデア、透明人間。文字通り姿が見えなくなる人間の話」
「それはすごくいい。その発想は無かった。すごくいいが、どうやったらそんなふうにできるかが全然思いつかん」
「あれ、やけにポジティブにアイデア評価しましたね? なんか利用方法を思いついたんですか?」
「いや、そんなことはないぞ。至って俺は普通だ、いつも通り」
「あれ、何か顔赤くなってますよ。ははあ、今かなりいかがわしい使い方を思いついたんだ、うんうん、わかるわかる。だいたい皆考える事は一緒ですもんね」
「うるさい、お前と一緒にするな。もう他には無いのか」
「先輩、アインシュタインの話聞きました?」
「アインシュタインって、あの特殊相対論とかいうもんで、ニュートン力学を否定したヤツだっけ。F=maではなく、これからは、E=mc^2にしろ、だったよな。さっぱり意味がわからんが。それがどうした?」
「いや、そういう言い方されるとちょっと紹介しにくいんですが、質量がエネルギーになるって話は理解してます?」
「そういう式だってことぐらいはわかる」
「じゃあ、物質が粒子でできてて、それがいろいろあるって話は」
「専門外だが、一応は知ってるつもりだが。オランダとかフランス、ドイツの学者が熱心にやってるやつだろ」
「そうです。で、その性質で爆弾が作れるって話があるんです」
「爆弾? 何が爆発するの?」
「だから質量をエネルギーに変えてしまう爆弾。あの数式の通りに」
「おいおい、冗談だろ、お前。あの数式に出てくるCって光の速度だぞ、それをしかも二乗した数を質量にかけたものがエネルギーって、もしそんな係数が掛かってるなら、指先みたいなちっこいもんでも都市が吹っ飛ばせるぐらいの話になるんだぞ」
「そうなんです、まさにそれです。The world set freeってタイトル、ええと自由にされた世界とでも訳すんでしょうかね、それに出てくる爆弾です。物質の原子核を直接熱エネルギーに変えるっていう」
「そんなバカな」
「私もそう思ったんですけど、でもフランスやオランダ、ドイツの学者はこの小説読んで、結構マジになって研究してるって話が、この本の書評に書いてあるの見たんですよ。ひょっとしたら日本にもいるかも知れませんよ、同じようなこと考えてる人が」
「ふ~ん、もう先に手を出してる研究者がいるのか……。しかし、凄いなこの小説家。頭の中がどうなってるか、ちょっとそっちの方が気になってきた」
「言ったもん勝ちってことはあるんでしょうけど、普通はここまで発想が膨らみませんもんね」
「アインシュタインの裏付けがちゃんとあるのが怖い」
「じゃあ、タイムマシンってのはどうです」
「タイムマシン? 何だ、それ?」
「時間を遡って過去に行ったり、未来に行ったりできる機械って言うんですけどね。歴史の転換点みたいな時間に戻って未来を書き換えられる、みたいな話です」
「う~ん、アイデアとして面白い。それにしても突拍子もない話だな。時間ってそもそも何なのかってところから考えないといけないのか……」
「たぶんこれもアインシュタインの数式が元ネタなんですよ。あの数式で物理条件系毎に時間が変動することが示されたんですから。でも発想の面白さから言えば、やっぱり火星人がある日、地球に攻めてくる宇宙戦争の話が一番だとは思いますけど」
「火星人か、そりゃ彼等の兵器とかは、すごそうだな」
「光線銃みたいなもんとか、空飛ぶ円盤とかですよ。この小説がネタにされて、世界中でいろんな話が作られたので、言わば元祖空飛ぶ円盤ですね」
「面白すぎるのは認めるが、どうやったらそんな機械が作れるのか全然思い浮かばん、だからパス」
「ですよねー。じゃあ、次。人間が大砲の弾で撃ち出されて、月に旅行なんてのは?」
「月に砲弾を届かせる? 冗談でしょ。ありえねぇよ。パスだな」
「なんか、技術者って夢ありませんよね、こう考えると」
「こういうのはな、一流のホラ吹きだから語れる話なの。技術屋がこんな話をしたらホラ吹きと見分けがつかんよ」
「ホラ吹きの話を何とか実現したいと考えてる科学者は多いと思いますけど」
「でもあれだな、科学技術が進んで、ホントにこの小説にあるようなもんがどんどん実用化していったら、戦争に勝ってメデタシメデタシじゃなくて、地球の終わりって感じになるんじゃないか」
「たぶん、ウェルズ本人も同じように考えたみたいです」
「へえ、でも、なんでそんなことが分かる?」
「国際連盟のアイデアも元々彼のものだったらしいんですよ。ただ彼の元のアイデアでは、国際連盟は今の国家に替わって登場するもので、国家は消滅していなければならないものだったらしいですけど。だから現実の国際連盟が今の姿になって、本人はかなりガッカリしたらしいです」
「ふーん、まあ、戦争を無くそうと思えば国というものが全て消えてしまえばいい。論理的には間違っちゃいないが、それこそ夢物語だな」
「で、なんか最近は、あちこちで、国の憲法に、戦争を放棄して軍備を持たないという条文を加えろ、みたいな事を言って回ってるらしいです」
「はぁー。これだから小説家ってのは……。いったいどこの国の指導者がそんなお花畑頭みたいな話に耳を傾けるって言うんだ。だいたいそんな条文をその国の政府が発表したら、国民が黙ってるわけがない。おまえらは外国に好き放題させるつもりかってな」
「わかりませんよ。政府が国民に見放されている国なら。それに外国の一部になった方がマシって考えてる国民が多かったりしたら」
「どっちにしたって、要はそんな国はもう必要無いって烙印を押されたようなもんじゃねぇか」
「そうかもしれませんね。でもウェルズはそれでもそうすべきだ、ってずっと言ってますよ」
「よほど国とかが信用できないんだな」
「イギリスこそ、世界中を侵略して回った国なんですが、皮肉なもんですね」
「いや、イギリスは信用できる、その他の国は信用できない、ってそういう意味だろ」
「ああ、なるほど」
「おいおい、殿下がまさかそういうのにかぶれたりしていないだろうな」
「まあ、それは無いでしょ。殿下って、こう何とかイズムとか主義とかつく話には冷淡じゃないですか。それに知っている個人ならともかく、見ず知らずの他人を信用するなんて発想、あの人にはゼッタイに無いような気がします。むしろ僕の考えじゃ、殿下が是非作りたいと考えているのは、あのアインシュタインの爆弾をうんと小型化したようなもんじゃないかと」
「アインシュタインの爆弾を小さくする? いったいどんな意味があるんだ」
「いや、殿下って、敵味方両方の損害をすんごくシビアに査定する傾向があるじゃないですか」
「まあ確かにそうだ。意味とか目的に合ってるなら、手段は選ばないけど、そこから外れるものは全部無駄みたいな判断が多いな」
「だから都市をまるまる一個殲滅できる爆弾なんて、殿下の目線で考えたら、無駄だらけで使う場面の無い兵器ってことになるに決まってます」
「なるほど。都市の価値をできる限り残したまま、丸ごと分捕らないと意味がない、そんな感じか」
「だから、殿下の望む理想は、殿下の意図にそぐわない敵だけを選別的に排除できる兵器ってことになるじゃないですか。例えば敵の大将とか大統領だけを殺傷するみたいな。ひょっとしたら、殿下から見れば、指導者一人を殺せば後はどうにでもなる、ぐらい考えてるかも知れませんけど。敵兵だって軍人だってどうにでも寝返らせられると考えてるみたいなんで」
「それで?」
「だから、どんな形でもいいんですけど、例えばここで発射したピストルの弾が、世界中の任意の場所にいる敵に命中させられればいいんです。まあ、実際に一人の人間じゃ、的が小さすぎるから、建物ぐらいまで妥協してもいいって考えたら、ピストルの弾丸みたいなもの一発で巨大なビルが一戸吹っ飛ばせるのが作れたら結構、使い勝手がいいかな、って思ったんですよ。それに敵が巨大を売りにしているような戦艦とか戦車とか爆撃機とかで攻めてきた時でもこういう銃弾があればすごく対処が簡単になると思いませんか」
「戦略的戦果が期待できる銃弾か。お前も結構サイエンスフィクションの小説書けるんじゃないか……。もっともお前、その話ゼッタイ他人にはするなよ。殿下の耳に入ったりでもしたらとんでもないことになるからな」
「あれ、でもなんで」
「いや、俺もお前の意見に賛成だ。もし殿下が今の話を聞いたら、すぐ作れ、って言い出すに決まってる。後はどうなるか、わかるよな」
「潜水艦検討の時の再現……。連日、言い訳をするための証拠集めと文書作成……そして延々と終わり無く続く、何故できない、という質問の嵐、恐ろしい……」
「その通りだ。分かったら、H・G・ウェルズの話は早めに頭の中から消しておくんだぞ」
「はい……。でも殿下って本大好きみたいですよ。アレは止められないと思いますけど」
「お前、そういうのを恐怖を煽る行為って言うんだって、覚えておけ」
「先輩もウェルズみたいになってる」