頭痛は安眠の敵4
鈴花が死んだ。
毒、だったらしい。
顔が変色しており、発見されたときは、悲鳴が響いたらしい。
なぜ、らしい、と伝聞のかたちになるかというと、その知らせを受けて、麒龍が菫花のしばらくの館専属を即決したからである。
花の義に向けて忙しい時期だから、仕事に戻ると言った菫花を、麒龍は断固として引き留めた。
結果、菫花は侍女部屋に戻ることも、共同の館に行くこともないまま梨閃や麒龍から鈴花の件を聞いた。
・・約束の話は宙に浮いている。
(こういう時に情報収集をさせるため、って自分でいってたくせに・・半端な。)
菫花としても、鈴花の死に何も感じないほど薄情ではない。
できることがあるならしたい。
せめて、分かる範囲だけでも鈴花の事件は知りたい。
(死に、まだ慣れたくない。私はまだ、心を殺していない。)
それを確かめたい、と言ったら不謹慎だ。
だが、つい先日まで話していた鈴花がもういないという実感はまだなく、涙もでない自分に怯えている自覚がある。
今心にある冷たい空洞のような思いが、人としてのまともな反応であることを確かめたい。
鈴花の死を実感した時、ちゃんと悲しいと思えるのか、菫花は自信がなかったのだ。
・・侍女の死は、表向き自死で処理され、花の義は予定どおり執り行われることになった。
今年の花の義は、演舞から始まる。
恒例の順番でもあるのは、初日に美しい舞を披露したものは、最終日に再び舞を求められることがあり、連続になって精彩を欠かないように間がとられるためだ。
客席には館持ちの姫とそのお付きの女官たち、それから、帝からこの一年で簪を承った部屋持ちの上級・下級の姫たちだ。
菫花は、梅姫のお付きの女官に混ざって鎮座することになった。
自ら願い出たのである。
(仕掛けた人間の反応を見つけられるかもしれない。)
その場にいて、揺さぶりをかけることを任されたかわりに、菫花は、鈴花のことが分かるまでは協力することを約束した。
仮そめの契約である。
(そう言えば、雪蝶様、初めて見るな。)
まだ空席の館持ちの姫用にしつらえられた座を見ながら菫花は考えていた。
雪蝶は、梅姫より前に入ってきていた姫だ。
異国のやんごとなき身分だというのを噂で聞いている。
部屋に引きこもりがちで、外で見かけたという話をあまり聞かない。
大きな宴にはいたのかもしれないが、下働きの侍女である菫花は外で待機していたので見たことがない。
女官たちも同様で、謎が多かった。
(雪蝶様が関わっている可能性・・か。)
なくは、ない。
今回狙われたのは、館持ちの姫に気に入られている侍女二人。揺さぶりをかけて得をするのは・・やはり同じ館持ちの雪蝶。
要注意人物として、頭に入れる。
花の義が始まるまで、忙しそうな侍女に混ざり、目立たないようにできる仕事を行う。
とはいえ、今の菫花は梅姫専属のため、その証である赤色の布を腕に巻かれており、仕事は頼みにくいし、こちらもあまり大きくは動けない。
同僚の、嫉妬と興味の入り交じった視線を受けながら、菫花はとりあえず姫たちの座を整えたり、布のしわを伸ばしたりしながら時間を費やした。
姫たちが少しずつ入室してくる。
簪が目立つように、髪を美しく結い、隙のない動きで 場所を決めて座る姫たち。
上級と下級の差は歴然としてあるが、少しでも帝の視界に入るよう、静かな戦いはもう、始まっている。
(あれ?あれはたしか・・。)
菫花が反応したのは、下級の姫たちの中に、桃紅の姿をみとめたからだ。
記憶では、桃紅は帝の渡りがないまま、もうすぐ期間を終えるはず。
しかし、桃紅の髪には、帝からの簪が揺れている。
桃紅は、下級の姫たちの後ろの方に静かに座っていた。
以前見たときのような、やつれた感じはなく、凛とした雰囲気で座る姿は美しい。
帝の寵を受けていてもおかしくない堂々とした姿だ。
何かが引っ掛かる。
姫たちが揃った頃、館持ちの姫たちも入室し始めた。
菫花は、しつらえを終えて、姫たちの通り道に控える。
初めに入ってきたのは藍麗だった。
ゆったりとした衣擦れの音。
侍女として教え込まれた角度で頭を垂れれば足元しか見えないのだが、独特の香りと、側付きの女官の若さで、そうと分かる。
藍麗の足は、菫花の側でスッと止まった。
(?)
「顔をあげよ。」
藍麗の声が頭上から聞こえて、指示どおり顔をあげれば、指示をしたはずの藍麗が大きく目を見開いていた。
「・・なぜ、そなたは無傷で・・。」
やや間があって、ぼそりと呟く声。
菫花は反応に困り、再び頭を垂れる。
何か言われると思ったがそれきりだった。
藍麗は何事もなかったように進んでいく。
(・・!)
しかし、そのあと一瞬、突き刺すような視線を感じ、菫花はびくっと身体をふるわせた。
そっと目で辺りを伺うが、めぼしい人物はいない。
藍麗はそのまま、振り返ることなく着座した。
次に来るのは梅姫である。
廊下に差し掛かると同時にざわっと場が乱れたため、何事かとそっと顔をあげると、艶やかな笑みを浮かべた梅姫がいた。
問題はその横だ。
(・・帝!)
梅姫がそっと腕に手を添えて共に入ってきたのは帝その人である。
(なにやってるの?これでは他の姫の立場が!!)
明らかに煽っている。
梅姫はそのまま菫花のところまで軽い足取りでやってくると、
「一緒にいらっしゃい。今日は側にいてくれる約束よ。」
とささやき、それを合図に梨閃に手をとられて立たされてしまった。
(どんだけ私を目立たせる気なの?)
菫花の無事を見せつけて、動揺を誘い、尻尾を出させる作戦。
乗ると決めたものの、詳細が明かされないまま指示だけをされていたため、こんなに早くから仕掛けられるとは思ってもいない。
舌打ちを必死で我慢しながら梅姫に従い、座に向かうとき、菫花はまた、鋭い視線を感じる。
そのもとを辿ると、そこは藍麗の座のあたり。
だが、藍麗の視線は梅姫と帝に注がれ、周りの女官は藍麗を見つめている。
視線の主は、やはり分からないままだった。




