ハナニアラシ 2
21.7.9 矛盾がありましたので、部活に関する記述を変更しました。
お惣菜ばかりになっている、という小林家の食卓事情を聞いたあたしは、お母さんに倣ってお裾分けをすることにした。
とは言っても、うちはずっと共働きだったのに、あたしはあんまり料理をしたことは無かった。
ご飯の用意はお姉ちゃんで後片付けはあたしという暗黙の了解があったのだ。そのお姉ちゃんも一人暮らしで居なくなり去年はあたしが受験生だったから、お母さんがお休みの時に大量に作り置きして乗り切っていたのだ。
部活は必須だったので活動の少ないところに入部して、出来るだけ早く家に帰るとネットでレシピ検索。買い置きの食材の中から作れそうなものを作った。
レシピ通りに作ったつもりでもこれはちょっと…という時も度々ある。だから、上手に出来た時だけタッパーに詰めて小林家にお裾分けに行った。
小林くんは放課後にアルバイトを始めたらしい。帰ってくるのは夜の十時を過ぎるので、お裾分けを受け取ってくれるのは、いつも弟のこーくんだった。
小林くんはテニスを辞めちゃたんだな、と思うと残念に思ったけれど、働き詰めのおばちゃんを見ているとそれも仕方が無いのかと思う。
今年受験生であるこーくんは、いつもニコニコしていて受験生特有の切羽詰まった空気は無かった。まだ四月というのもあるかもしれない。
「やったー。今日は愛美のお裾分けあるんだ」
あたしがおかずを持って行くと、素直に喜んでくれる姿に自然と笑みが溢れる。
今日のおかずは作り置きしておいたハンバーグを使った煮込みハンバーグだ。こーくんがそれをお皿に移し替えてタッパーを洗っている間、ダイニングで座って待たせてもらうのが、パターンになっていた。その間、こーくんとおしゃべりをする。
「まーくんは?」
「今日もバイト」
「いつも遅いけど何のバイトしてるの?」
「飲食店らしいよ」
『小林くん』と言うとこーくんも小林くんでややこしいので、こーくんと二人で話す時は幼稚園の時のように『まーくん』と呼んでいる。本人には聞かせられない。
あれは忘れもしない小学三年生の時だった。
隣町から引っ越して来た圭ちゃんが転入してきたのだ。隣町の…という事はあたしと小林くんと同じ幼稚園出身だ。
圭ちゃんは幼稚園の時から男勝りの女の子で、ガキ大将だったまーくんをライバル視していた。
三年生と言うと丁度男女の垣根が出来始める頃で、下の名前で呼び合っていると「お前ら夫婦だろう」とか囃し立てる子が何人か居た。
隣町の学校で使っていた教科書しか持っていない圭ちゃんはクラスの違う知り合いに借りに行く事があった。転校して来たばかりで知り合いの少ない圭ちゃんにとって隣のクラスという近場で見付けた知り合いに気安く声を掛けるのは当然だっただろう。
「正樹!国語の教科書貸して」
幼稚園の時と同じように名前を呼び捨てた圭ちゃんに周りが囃し立てた。
「たかが幼稚園が一緒だったくらいで下の名前を呼ぶな」
絶対零度の冷たい声で無表情になった小林くんにクラスが凍り付いた。圭ちゃんはそれ以来「小林」と名字を呼び捨てている。