サクラサク 5
それから気が付くといつの間にか自然と小林くんを目で追っている自分がいた。もう、理沙ちゃんの為に探す必要も無くなったというのに。
小林くんを見掛ける度に音を立てる心臓に、理沙ちゃんの言う通り恋なのかも知れない、と認めた。でも、幼稚園の時以来、学校ではほとんど話をすることも無く、ただのご近所さん付き合いしか交流が無いのに、いきなり告白だなんてハードルが高すぎる。
結局、そうやって尻込みして代わり映えしない毎日でやり過していたある日、家に帰ってくるなりお母さんにお使いを頼まれた。
「愛美、小林さん家に栗ご飯持っていって」
「はーい」
昨日職場の人から栗をたくさん貰って帰ってきていたのだけど、今日はお休みだったお母さんは一人であれだけあった栗の殻を剥いて栗ご飯にしたようだ。
幼稚園の送迎の恩からか、お母さんは機会がある毎に小林家にお裾分けをしている。お裾分けに行った時に対応してくれるのはほとんどこーくんだった。この日も玄関に出てきたのはこーくんだろうと、ドアも開き切っていないのに「栗ご飯持ってきたよ〜」と声を掛けたら、小林くんだったので思わず固まってしまった。
「立花?」
「あっ、ごめん」
小林くんがタッパーを受け取ったのに気付かず、いつまでも掴んだままのあたしの顔を覗き込んできたことに驚いて慌てて手を離した。カァ〜と顔に熱を感じる。多分、今、真っ赤になっていることだろう。
帰ってくるなりお使いに出されたあたしは制服のままだったけど、小林くんは黒の無地のVネックに着替えていた。どうしよう。久しぶりに間近に見た小林くんはそのシンプルな服装も相まって大人っぽく見えた。顔の熱が引かない。
「…体調悪いのか?」
「え?」
「無理すんなよ」
熱を計るために節くれ立った大きな手があたしのおでこに当てられる。すぐに離されたけれど、心臓が口から飛び出てきそうだ。まるで全身が脈の塊になってしまったようにドクドクと音が鳴り止まない。
「大丈夫!おばちゃんにもよろしく言っといて!」
「ああ。こちらこそお礼言っといて。これ、ありがとな」
「うん。わかった」
恥ずかしさから逃げる様に、家へ走って帰った。自分の部屋に飛び込んでドアを閉めると床にへたり込む。
小林くんが触れたおでこにそっと手を当てる。
ああ、どうしよう。あたし、変な事言ってなかったよね?
大きな手だった。声もいつの間にか低くなっていて、幼稚園であたしの作っていた積み木のお城を壊してしまった意地悪なまーくんは、どこにも居なかった。
どうしょうもなく好きだと思った。