写真
「ん?なにこれ。」
私は思わずそう呟いた。
親友の優子と二人で旅行に来ているのだけれど、途中で訪れたお寺で撮った一枚の写真がどうにも気になった。
「真弓?どうかした?」
優子にそう言われて、私は我に帰った。
「何?さっき撮ったやつじゃん。」
そう言うと優子は余り興味も無い様子で写真を一瞥して、またガイドブックを見始めた。
「ねえ。これ美味しそうじゃない?」
と聞かれたので適当に返事をすると、また私は例の写真を見つめた。
大仏を背景にピースをする優子の後ろに写る人影に違和感があった。
私がさっき撮ったときには気付かなかったのだけれど、かなり離れた場所に白と黒の輪郭がぼんやりと写っていて、長い髪で白いワンピースを着た女がこちらを見ている様に見えた。
「ねえ。ねえ。聞いてる?」
優子は強く私の肩を揺すった。
「え?ごめん。何だっけ?」
「もー。お昼行く前にさ、どっか寄って行こうって。」
と優子が怒って言ったので、私は謝りながら同意した。
しばらく商店街を歩いていると、観光地なのでどこも人で溢れていたが、遠くに一際混み合っている場所があった。
「あっ、あそこあそこ。」
優子は興奮した様子で、その人混みを指差した。
少し歩くと、行列の先に大きな銅像が建っていた。
「これ有名なんだって。」
優子はそう言って目の前の銅像とガイドブックの写真を見比べた。どうやら人気の写真スポットらしい。
しばらく並んで、ようやく私達の番が来た。
「ねえ。先に私のお願い。」
優子がそう言って銅像の足元に立ってピースをすると、カメラを持つ自分の手に力が入った。
私は息を整えてシャッターを切った。
画面が一度暗くなった後、写し出された写真を見て、私は倒れそうになった。
白いワンピースを着た女が、さっきよりも近くでこちらを見ていた。「どうしたの?次、真弓だよ。」
そう言われて、私はずっと立ち竦んでいた事に気付いた。
後ろには沢山の人が、苛立った様子で私を見ていた。
私は小走りで銅像の足元に行くと、怖さと恥ずかしさで控えめにピースをした。
「はいチーズ。」
そう言って優子はシャッターを切った。
私は優子から半ば強引にカメラを取ると、逃げる様にその場を離れた。
「ちょっと。どうしたの?」
背後から息を切らした優子の声が聞こえた。
私は立ち止まって、恐る恐るカメラのアルバムを開いた。そこには俯いてピースをする私の姿が写っていた。それだけだった。私は大きく息を吐くと、全身から力が抜けるのを感じた。
「真弓。何かあったの?」
優子は少し心配そうに私に尋ねた。
私はぎこちない笑顔で、何もないと答えた。
「そう。なら良いんだけど。じゃあ、お昼行こっか。」
そう言うと優子は笑った。今の私にはその明るさが救いだった。
お昼を食べ終えると、優子はガイドブックをテーブルの上に広げて眺めていた。
私は食後のコーヒーを飲みながら、これまでの事を落ち着いて整理しようとした。
(まず、お寺の写真で優子の背後に写ってた。それで、さっきの銅像の所でもっと近くに。でも、私の写真には何も写ってなかった。て事は…。)
私は恐る恐る優子を見た。彼女はまだガイドブックと睨み合っていた。
少しして私の視線に気づいたのか、優子は顔を上げてこちらを見た。
「どうしたの?真弓、何か変だよ?」
そう言って優子は心配そうな顔をした。
私はこれまでの事を打ち明けるか迷った。
でも、旅行を楽しんでいる優子を嫌な気持ちにさせたくはなかった。
「ねえ。何かあるなら言ってよ。」
優子は少し強い口調で言った。私はそれに釣られる様に話し始めた。
「ねえ優子。今日何か無かった?」
「え?何かって、何?」
「あ、いや、いつもと違う事とか…。」
「えー、特に無いけど。どうかしたの?」
「いや、それなら良いんだけど。」
「もー、なに。じゃあさ、次ここ行かない?」
そう言って優子はガイドブックを指差した。結局私は優子に何も言わなかったが、それで良いと思った。
私達はレストランを後にして、次の目的地へと向かう事にした。
その道中、優子が不意に立ち止まった。
「優子?どうしたの?」
「ねえ。あれ見て。」
そう言って優子が指差した先を見ると、狭い民家の間を通る道の先に海が見えた。
「すごい。綺麗だね。」
「だよねー。ねえ、向こう行ってみようよ。」
そう言うと優子は既に走り出していた。
私は慌てて彼女の後を追った。
やっと優子に追いつくと、私は膝に手を付いて肩で息をした。優子は海風を吸う様に大きく伸びをしていた。
細い道を抜けた先には片側二車線の道路があって、そこを渡ると崖に展望スペースが設けられていた。
「ねえ。海をバックにしてさ、写真撮ろうよ。」
そう言うと優子はカメラを取り出した。私は心臓が縮まるのを感じた。
「真弓もこっち来てさ、自撮りみたいにして撮ろうよ。」
そう言うと優子は私と肩を組む様にしてピースをした。
「じゃあ撮るよ。はいチーズ。」
優子はシャッターを切った。
「ねえ。もう行こうよ。」と私は言った。
何故だか私は一刻も早くここを離れたかった。
「えー。もうどうしたの?こんな綺麗なのに。」
そう言って駄々をこねていた優子は、突然悲鳴を上げてカメラを落とした。
「えっ、優子。どうしたの?」
私はそう言って優子の方を見たが、彼女は視点を失って無言で震えているだけだった。
私は恐る恐るカメラを拾うと、画面を見た。
私の目に入ったのは笑顔の優子だった。背景は海なので、当然後ろには誰もいなかった。
肩の力が抜けた。
そして何気なくその隣に目をやった時、私は思わず悲鳴を上げた。
優子の隣に写る私に、長い髪の白いワンピースを着た女が正面から覆い被さっていた。