ザ・殺し屋
俺の手にかかれば一瞬で――
殺し屋である加納は黒のサングラスを整えた。今日で3日経つ。狙うは、駅から30メートル離れた交差点のコンビニであった。
中学生の頃は弓道部、高校生の時はアーチェリー部、大学生になると夜のバーでダーツの旅に出かけていた。エレキギターが趣味で女性にモテていた時期もあった。だがリーマンショックの煽りを受けてか、それが元で勤めていた会社は採算がつかなくなり経営難に陥り、彼は早々に見切りをつけてサラリーマンを辞めた。居酒屋でアルバイトをしながら資金を貯めて競馬に手を出すも、才能が無いと判断し、体のいい消費者金融の売り文句に唾をつけながらも、何とか根性で日々を乗り切っていた。
そんな彼の思い起った道が、『殺し屋』であった。
何故であろう。
コンビニで読んだ暗殺者の漫画のせいかもしれぬ。
彼は純粋であったのかもしれない。歪んでいる事にも気がつかぬほど。
真っ直ぐに正直に、出来れば生きていたかった。
「あと5分……」
彼の握る手に熱がこもる。黒いマフラーの奥から吐き出される息は白く。もっと北の方へ行けば、雪がちらついているのであろう。冷え込んでいく。
「あと3分……」
電柱の陰からコンビニを見ていた。深夜にさしかかる為に人通りは少ない。もはや彼以外に誰も居ない。月も出ていない、雲が覆っている。身なりが黒のコート、黒のニット帽、黒のサングラス、黒のマフラーに顔をうずめて、黒の手袋に、黒の靴下、黒の靴。なんと、下着だけは白だった。黒は値段が高く人から贈られた事が無かった。孤立した彼には物を贈ってくれる友人がいない。
親を捨てて、恋人とも別れを告げて、飼い猫に裾を噛みつかれながらそれを決死で振り払い。
何とか、ここまで辿り着いた。失うものはないと準備は整った、もう逃げられない。
あと1分――
コンビニの裏口のドアが開いた。従業員が出てくる。彼は息を潜めた。
「ひゅうぃっ」
室内との温度差に驚いていた様子で、つい声を上げてしまっている。
私服の男であったが、小脇に弁当を抱えていた。おそらく廃棄する物であろう、大きなポリバケツに放り込み、急いで戻った。
(よし! 行くぞ!)
加納は素早くポリバケツに向かいフタを開けた。捨てられたばかりの弁当が3つ、よくは見えていないがきっと唐揚げだと彼は確信していた。弁当を全部つかんだ。
彼は独自の調査により、コンビニの食品廃棄時間・オーナーの志向・従業員の性格・地域事情など、丹念に表まで作って何度も頭でシミュレーションをし、自宅で計画を立てていた。もう3日も何も食べていない。油のニオイが食欲を。彼の顔がニヤけて歪んでいた。俺の手にかかれば一瞬で。胃袋に。
ボロアパートに帰ると、飼い猫の「ギャース」が飛びついた。
「にゃわ~ん」
ご機嫌なので甘えた声を出している。唐揚げが狙われていた。
寡黙な加納は弁当を広げてギャースの期待に応えようと5個のうち3個の唐揚げを分け与えた。
求人広告を広げた。
自称・殺し屋。開業1周年。
電気はそろそろ止められるだろう。ガスは無い。
(どいつも、腐っている……)
依頼は、まだ無い。
《END》
風呂はどうする。
読了ありがとうございました。