狼吠ゆる
クリスマスに狼ひとり。彼は、狼と人間のハーフだった。
自分の身の上を呪ったこともある。だがそれは、彼に何物も与えなかった。雪降る街角、そんな背景が彼に似合い、いつも雪が降っている。彼の一部のように。
名を、ウルフという。母親が名づけたらしかったが、その母はもういない。ウルフが4歳のときに死んでしまった。雪のなかで、ウルフを胸に抱き死んでしまった。何もできない凍えたウルフは、吠えた。
オオーン……暗闇のなかは、彼の声がよく透き通っていた。やはり雪が降っていた……とてもよく似合っている。
母を置いて彼が目指したのは、街だったのだ。母を山に置き、彼は歩いた。冬が街を取り囲み、夜であっても雪が、黒を白銀に変えている。しかし街だというのに人間の姿はまばらにしかおらず……恐らくは家のなかで過ごしているのだろう、時々に笑い声が窓の奥から漏れていた。ウルフは、ある一軒家に近寄ってみるが、すぐに立ち去っていた。まだ4歳だったウルフは、道に足跡を残して去って行く。
灯りの無い方へ。彼は忘れてはいけない、狼と人間のハーフだった――。
30の年月が過ぎていた。ウルフ・ドッケルマンは、34歳になっていた。
彼は自伝で出版した本に、こう綴っている。『人生苦もありゃ今は楽さ』。スイートルームで高級ソファに腰かけて、ブランデーの入ったワイングラスを片手に夜景を眺めていた。今日もグッジョブ、と、窓から見えるビルに向かい、ひとりで今宵に乾杯していた、そして心のなかで、吠えていた。
オ・オーン。
明日も強者だろう。窓から見える白銀の世界は、変わらない。
だが彼の世界は変わっていた。雪降る街角は彼には似合わなくなっていた。
どっちつかずの彼は人として生きることを決め、そうしたらこの通りに、彼の昔からに残ったものは名前だけになった。母がくれた唯一の形見、彼はもう吠えないだろう、人である限りは。……
街角のどこかで、別の誰かの遠吠えが、……した。
《END》
しんみりと。
ご読了ありがとうございました。
H22.12.26.投稿。