勇気の星
あそこに行くと、『勇気がもらえる』。それを聞いて、少年ソウルは宇宙船ミカド2号に乗って遠くにある『勇気の星』へと旅立とうとしていた。
これはその、船着き場での話。
乗船するまでには時間があったので、ソウルは酒場に入って行った。酒盛り場に来たのは初めてで、まだ昼間だというのにカウンター席が全部埋まっていて、活気でおおいに賑わっていた。バーテンダーは得意に腰を振りながらサービス精神旺盛で愛想を振りまき、首元の超ピカネクタイがキラキラと眩しい。4人ほどが座れる木造りの円形テーブル席もほぼ満席状態で、地方八方から来た多種にわたる種族が飲食交えて騒いだり大笑いしていた。
奥に進めば進むほど小窓からの日の光も転々と壁伝いについているランプの照明も行き届かずに暗くなっていって、そこには音楽家たちが集まり笛や太鼓とおのおのの楽器演奏で技を披露、一歩前では見たことのない歌手がひとりかいっぴき、これまた聞いたこともない言語で歌声を曲にのせて気持ちよさそうに歌っていた。
様子を見ながらソウルはテーブルに着いたあと怖々と、そしてワクワクとしながら、メニューから飲みやすそうな一杯のカクテルを注文した。普段お酒を飲むことはないため、初めてでとても緊張していた。
するとそのうちに顔じゅうヒゲ面で、お腹がぷっくりと丸出しのシャツを着た狩人風な男がやって来て、ソウルと相席になってしまった。「よお」気さくに野太い声を掛けていた。「こんにちは」ソウルが挨拶すると男はサイミルと名乗った。
ソウルは会話のタネで、これまでの経緯を男に話していた。生まれ育った村が貧しいこと、働き手が少ないこと、もしいつか強国にでも攻められたら、何もできなくて村は終わりだ、なくなってしまうかもしれない、そんなのはまっぴらごめんだということ。それまでに力を、戦える勇気がほしいということを熱く語っていた。
サイミルは「そいつぁいい」と目を細めて頷いている。ちょうど頼んでいたカクテルの入ったグラスと、泡のこぼれたビールジョッキが美味しそうにテーブルに登場した。それを飲みながら会話が途切れると、偶然にも隣のテーブルで何処ぞの団体、若い衆が、興奮した大声を上げていたのを聞いてしまった。
「勇気の星ぃ!? やめとけやめとけ、あそこにはグレーゴルといって、遺伝子操作された大狼の化け物がいるんだ。行った奴は皆、喰われたそうだ。命が惜しかったら関わらないこった!」 ……
それを聞いたソウルは、即座に震えあがってしまった。「どうしよう……?」
口に合ったカクテルは何とか飲み干したものの、おかわりを注文する気にはなれなかった。サイミルと一緒に熱気立っていた酒場をあとにすることにした……。
ひんやりとした風がソウルの顔に当たって去っていく。酒場を出てからも気分は晴れずソウルが悩んでいると、人ごみかき分け元気に走ってきた小さな男の子とぶつかってしまった。「うひゃあ」「あ、ごめんなさい!」
転んでしまった男の子のズボンのポケットから、ミカド乗船パスが飛び出して落ちる。ヨマネと名前が書かれていたそのパスを、ソウルはすぐに拾ってあげた。「ありがとう」
嬉しそうに歯を見せて笑ったヨマネに、「船に乗って何処へ行くんだい?」とソウルは聞いてみた。サスペンダーを着けた短く汚いズボンにウェスタンハットを被ったヨマネは、勇気の星に行くんだと言った。
「どうしてそこへ?」「国の皆を……お母ちゃんたちを護りたいんだ! 戦う勇気がほしいんだ!」
「でも怖い怪物がいるんだよ。……それでも行きたいかい?」
行く目的が同じだと悟ったソウルは、ついつい試す言い方で言ってしまった。少し元気をくじかれたかに見えた目の前の小さな男の子は、負けじとソウルに言ってやった。
「行きたいよ! ……勇気がほしいもの」
目を輝かせて、ヨマネは鼻息を荒く出しながら、言うだけを言って駆け出して行った。
見送ったあとソウルは、「あいつに恐れはないのかな」とぼやいていた。人と人が行き交う隙間の向こう遠くに見えるミカド2号の先端を眺めて、ソウルは衝撃の余韻にしばらく浸り、なかなか動き出すことができそうにない。見かねたのか、サイミルは個性的な自分の自慢のひげをつまみながら、横で口を出していた。
「あやつは、もう、行く『勇気』を手に入れておるのじゃよ」
野太かった声は肝心な途中でしわがれていた。ソウルは思った。
星に行けば、勇気が手に入るかもしれない。でも、見たこともない凶悪な怪物に食べられて死んでしまうかもしれない。死んだら、村を護れない……そんなの嫌だ、僕は生きたいんだ、と訴えた。
続けてサイミルは言った、「行く必要はない」と。「何故なら、『勇気は此処でも手に入るからだ』」
思ってもみなかったことを言われてソウルは、サイミルの方を驚いた顔で見る。勇気は此処でも手に入る――わざわざ、行かなくても持つことができるもの……ソウルは、サイミルのおかげで決心のつくことができた。
……
宇宙船ミカド2号の出港時間が迫っていた。船に乗り込もうと、大勢のお客は重そうにキャリーケースを転がし、または肩からカバンを携えて、手続きの順番を待っている。船に架かった橋の手前で最後、サイミルに別れを告げようとソウルの足は立ち止まる。
ソウルは星に行こう、と決めていた。「ヨマネが心配なんだよ」――そんな理由かとサイミルに笑われながら、ソウルは意地悪そうに言い返していた。
「だってさ、行った奴らが皆、怪物に食べられちゃったなら。どうしてそのことを知っているの?」……
帰ってきた奴がいるからだ、という余裕を残して、ソウルは後ろを振り向かずに旅立って行った。
星空のなか出港した船が見えなくなっても見送りながら、これから山に籠って秘密兵器をつくろうとしていたサイミルは、2人が帰って来るまで待っていようと、心に決めてまぶたを音もなく静かに閉じていた……
《END》
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H22.2.12.投稿