開封スル九能万次郎
「九能くんて、いつも何考えてるのか分かんないよ」
そう言って別れを告げて去った彼女がこれまでに生きてきたなかでひとり、いた。
「言いたいことがあるならはっきりと言いなさい、万次郎ちゃん」
そう言って幼少の時に母は自分を叱った。
会話をすると言葉が足りなかった、いつもどうしても。言葉が思うように出てはこなかった……知らなくて。
面倒なんだ、説明するのも。機器を買ったら否応なしに付いてくる説明書と注意書き。厚さ3センチもあるその本を読破しようなんてとても思えないし、困った時にしか開かない。嫌になる。
口約束では信用ならない誓約書。書いて判を押すのは別にいいけれど、トラブルが起きてからは言葉の揚げ足取りが始まるのだろうと思うと気に入らない、楽しくない。どうせ双方完全には譲らないんだろうよ、退いてたまるかと意固地になって下手すれば泥沼だ、何が楽しいんだ?
ご使用方法は決まっているんだ。今、俺が手に持って飲みかけているペットボトルの飲料だってさ、開栓後はお早めにお飲み下さらなければならず、飲み終えたらボトルとラベル、キャップを分別しリサイクルにご協力へだ。記載通りに従わなければならない……それも別にいいんだけれどよ。
俺が書くものは意味が分からない。そう人に言われたら仕舞いだ、俺は何を書いても伝わらない。これは書く意味を失う。伝えるために書いてるのではないのかと疑問に思う。でも言葉はいつも正確には伝わらないし、加減なんて分からない。ああ……
「ん……?」
俺はさっき何でも屋で圧縮袋に入った『それ』を購入した。前触れもなく無性に欲しくなった『それ』。どうせいつもは関心がなく見向きさえしない注意書きだが、『それ』の表面にはたったひとつの文しか書かれてはいなかったことに気がついた。どういうことだろうか……首を傾げるが、とりあえず書かれていた一文とはこれだ。
『広い場所でお開け下さい』
俺が持っているのは圧縮袋に入った『それ』だった。どこのご家庭にもある、ありふれて特段珍しくも何ともない代物だ。広い場所で――それだけが言いたいのか? ……他に言うことはないんだな? 俺はそう聞いてしまう、たかだか血も通わない『それ』に付けられたラベルに。
俺はこう考える、短文のなかに書き人にとっての充分な意味が込められているのだと。余計なことは一切書かずに、それだけが全て、それだけが伝わればいいんだと。開発関係者の気持ちは分かるつもりさ、数少ない、普段、言葉の足りない人種のひとりなんだから、俺も。
「開けてみるか」
俺は立ち寄った学校のグラウンドの隅で、『それ』を開けることにした。なあに、これだけ見晴らしがよく障害物もなければ、万が一爆発したとしても被害は小さいだろう。爆発なんてするはずのない物だがな。ついでに今は23世紀なんだぜ? フリーズドライが主流で、死んだ奴はミイラになる。不思議が起こっても不思議ではない、死者は死者ではないのだからな。
話が横道に逸れたので戻すが、俺はさっさと『それ』を開封した、……するとだ。
袋の封を開けられ中身の『それ』は空気に晒され元の形に膨らんでいった……どこまでも。それは地平線の彼方まで、その間に家屋を破壊し続け、山野を避けて、川あれば下り、空へと浮かんでいったのだ。もはや手に負えない『それ』。立つ音がシュールだった。しゅるるるる。
嘆きが聞こえてくるようだ――だから書いておいたのに、『広い場所でお開け下さい』と。注意書きを書いた者の真意が伝わらないからこうなる。言葉だけではいつも正確には伝わらないし、加減が分からない……ああ。
「九能くんて、いつも何考えてるのか分かんないよ」
俺が書くものはいつも意味が分からない。だから書く意味がない。
いっそ言葉なんて捨てちまえよ。仕舞いだ。
《END》
爆発しますのでお気をつけ下さい……どうやって? ちなみにこの話は中浜氏とは関係ありません。
短編集2をこんなテイストですが、よろしくお願い致します。
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