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第3話 電波な聖女

時系列がここで戻ります

 王都に拠点を構えて早ひと月。俺は順調に依頼をこなしていた。シーマとはコンビで登録している。薬草採集とかゴブリン退治とか、とりあえず新米冒険者の仕事を地道にこなし、平凡な冒険者人生を送るはずだった。そう、あの聖女様が現れるまでは。


 聖女アナスタシア。自称かと思ったらどうも正教会が認めた本物らしい。治癒魔法の最上位であるリザレクションを使えるそうだ。それも一日に何回も。

 死んだ直後であれば死者すら蘇らせるといわれる、半ば伝説の魔法である。並みの術者では詠唱を開始することすらできない。

 それだけ使用する魔力が膨大なのだ。同時に神に認められる信仰心が必須、らしい。一応正教会の信徒で、騎士学校卒業の時に聖騎士の称号をもらってはいるが、それ自体なにかメリットがあるわけじゃない。神のご加護はいざというときにのみもたらされるもの、だそうだ。

 ちなみに、この情報の出どころはなじみのギルド受付嬢である。


 さて、とりあえず騒ぎを避けてギルドの向かいにある飯屋にこの聖女様を引っ張り込んだ。俺たちはテーブルに向かい合って座っている。よく見なくても美人だが、改めて見ると、絶世のと言っていいレベルだ。過去の立場上、どこそこの令嬢とかと会う機会はあった。お見合いってやつだな。しかし、そのお嬢様たちを全部まとめてもこの聖女様にはかなわないように思った。

 服装もやばい。糸の一本一本まで魔力を通してある魔力布で作られたローブを着ている。刺繍にはミスリルの糸を使っていて、魔法陣が縫い込まれていた。

 このローブだけで城が買えそうな逸品だ。俺が全力で斬りつけても即死させられないくらいの防御能力がある。

 そして聖女様は見るものを魅了するようなにこやかな笑みを浮かべて俺をじーっと見ていた。


「なあ」

「はい、勇者様」

 語尾にハートマークでもついていそうな甘い声で返答してくる。呼び名にツッコミどころが満載だが。

「なんで俺が勇者なんだ?」

「お告げがありましたの」

「で?」

「どうしましたか、勇者様?」

「チェンジで」

「???」

 頭上にハテナマークを3つほど浮かべたような表情をしつつも笑顔は崩さないという器用な真似をしてのける。これが聖女に与えられる加護か、などという益体もないことを考えて現実逃避する。

 コテンと首をかしげる仕草も美人だと様になるもんだ。


「えっと……どういうことですの?」

「俺は勇者なんかじゃない」

「そんなことはありませんわ」

「いやいやいやいや、なんでそうなる?」

「だってお告げがありましたもの」

「お告げって?」

「神様ですわ」

 だめだこりゃ、話が通じない。頭を抱えていると、飯屋の扉が勢いよく開いた。ドバーーーーンと音を立てて。

 俺と聖女様はほぼ同時にそちらを振り向くと、シーマがすさまじい形相を浮かべていた。


「ルーク様に近づくにゃーーーーーーー!!」

 思わず耳を押さえてしまうほどの大音声に、興味津々でこちらをうかがっていた客もシーマの方を向いてしまう。

「フギャアアアアアアアア!?」

 そこで見たものは、俺ですら視認できない勢いでシーマに抱き着いて全力でなでなですりすりとしている聖女様の姿だった。


「素晴らしいですわあああああああああ!!」

 シーマは必死にもがくが、それでも抜け出せない。一応俺の護衛として武芸の心得はある。というか並みの騎士ならシーマに触れることすら難しい。

「よーしよしよしよしよおし」

「フギャアアア! 変なところ触るニャ―!」

「にゅふふふふ、かわいい猫ちゃんなのですー!」

「フシャーーーー!」

「ああ、この毛並み、たまりませんわー!」

 何このカオス。涙目でこちらをすがるような目で見てくるシーマにちょっぴりだけドキッとした。

 さすがに放置するわけにもいかず、俺は聖女様の後頭部に平手打ちをフルスイングした。店内にスパーーーーーーンと乾いた音が響き渡った。


「はうううううう、ひどい目に遭ったニャ」

 シーマは俺の膝の上で丸くなっている。小柄な彼女だから可能な姿勢だ。

 聖女様はまだシーマをもの欲しそうな目で見ていた。手がワキワキと動いている。

「んで、シーマよ。何が一体どうなった?」

「ふぇ? ああ、チコさんからルーク様がすんごい美人に逆ナンされて向かいの飯屋に引っ張り込まれたって聞いたニャ」

「お、おう……」

 こっちに来てからなじみのギルド受付嬢の顔を思い浮かべる。基本仕事はできるのだが、困った性癖と、こちらをいじって楽しんでいる節がある。


「はいはーい。落ち着いたかなー?」

 とかなんとか考えていると、当の本人がそこにいた。

「うげっ!?」

 思わず出てしまった声に本人はぷくーとほほを膨らませて抗議の意思を示す。

「むー、ひどいなあ。その「うげっ」てなにごとー?」

「日頃の行いを思い出しやがれ!」

「えー? こんな熱心な受付嬢ってほかにいない気がするんだけど。特に有望な人にはね」

「ほう、仕事熱心なのはいいことだ。で、なんで貴様は俺の背中に張り付いてやがる?」

「んー、激務に疲れたわたしを労わってくれてるんじゃないの? その広背筋で」

「貴様にそんなもん明け渡した記憶はない!」

「ひどい! わたしをもてあそんだのね!」

俺の背中に顔を伏せ泣き真似をしているが、たぶん満面の笑みを浮かべているのだろう。

シーマが俺の膝からおりて、ベリッとチコさんをひっぺがしてポイっと捨てた。

クルッと宙返りして、スタッと着地する。見事な身のこなしだ。

フンスと胸を張って、もとAランクは伊達じゃない! とドヤ顔をしていた。聖女様がパアアアアッと表情を綻ばせて拍手している。


「で、何の用だったんだ?」

勇者についての話をそらしたくて、チコさんに問いかける。

「あ、そうそう。ルークきゅんにお客様よ」

「ほう?」


そう答えた瞬間、ふたたび飯屋の扉が大きな音を立てて開いた。

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