無事、まとまるものはまとまった気がします
「……は?」
そんなことは露ほども想像しなかったのか、アルベルトは理解できないというように首を傾げた。
「しっかりと聞いてちょうだい。私はあなたとの結婚を望んだこともないし、婚約の話を持ち出したのも、あなたの父親が先。そして私の実父は、婚約のことなんて全く考えてもいなかった。むしろいつもは私の存在なんて忘れているような人よ」
「そ、そんな。たしかに父が……」
「父親に言われたら、それを全部正しいと思ってしまうなんて単純ね。状況を考えたら想像がつくのではないの? 私が、礼儀以上の言葉をあなたに向けたことがあって?」
もし片思いをしているなら、そんな行動には出ないはずだ。
アルベルトもさすがに心当たりがあったようで、視線を逸らした。
どうせなら、ついでに二人とも早くまとまって、私とは関係のない世界へ行って欲しい。そう思ったら次の言葉が口をついて出てきた。
「だからミシェリアとの仲をわざわざ見せたって、迷惑でしかなかったわ。そもそも、そんなに彼女がお好きなら、大嫌いな私のことなんて気にせずに共に手を取り合って駆け落ちでもなさればよろしいのに」
ああ、そうだったわ、と私は悪役のように鼻で笑う。
「でも彼女一人も養えないような、そんな人だったのでしょうね、あなたは。嫌いな私との婚約を、何年もの間父親の言う通りに続けることしかできないし……。父親に怒られるのが怖いだけの臆病者なのでしょう?」
臆病者と言われ、アルベルトは眉を吊り上げた。が、私の隣にいるラース様を見たとたんにうつむく。
私は今のうちに、言いたいことを言っておくことにした。
「こんなことでもなければ、ずっと我慢をしているふりをしながら私と結婚した後に、ミシェリアに言うのでしょう?『家のためなんだ、すまない。君を犠牲にして、俺は家を救うようなひどい男なんだ。でも君を手放したくない』そうして、妾として囲うわけね?」
アルベルトはうつむいたままだ。
反論すらしないので、ミシェリアは私が少し前に言ったことを思い出してか、少し諦めたような表情でアルベルトを見ている。
「庶民の間では、囲われ者は爪はじきにされるらしいわね? 正妻ではないから、たいした権限もない。でも自分達と同じ身分なのに、衣食住からなにから優遇される……と」
カティから聞いた話を披露した上で言う。
「アルベルト様、あなたは良くても、彼女は一生針の筵の上で生活するのよ。愛していると言いながら、そうしてほしいと頼むなんて……。本当に愛しているのかしらね? 都合のいい女とでも思っているのでは?」
ミシェリアは唇を噛んだ。
私がついさっき話したことを、肯定するようなアルベルトの言動に、ショックを受けているんでしょう。
アルベルトが、いつまでも自分を日陰の身にするつもりだった。それを改めて突きつけられたから。
でも数秒たってから、アルベルトはうめくように言った。
「たしかに家が大事だった。当然じゃないか、貴族はみんなそうあるように育てられる。俺だけが悪いわけじゃない。でも……」
ようやくアルベルトか顔を上げた。
その視線の先にいるのは、じっと彼の言葉に耳を傾けているミシェリアだ。
「ずっと親に従い、家のためになることをしろと言われ、信じ続けていたことから今なら脱せられるんだと思う。たぶん俺の父親は、王家から爵位を奪われるだろう。魔獣を飼っていたんだから。……君と同じだミシェリア。だからもう家のことは気にしなくていい。結婚しよう」
「アルベルト……」
耳にしたことが信じられず、ミシェリアが目を丸くしている。
私はそんな二人から離れることにした。
「これでようやく、変な恨み言から解放されるわ……」
むしろ、アルベルトにそんな気概があるとは思わなかった。
素直に驚いた私は、心の中でアルベルトに拍手を送った。
さんざん悪し様に言われてきたし、声に出して褒める気にはなれないけれど、ミシェリアへの気持ちが真実の愛だというのは信じてあげてもいいわ。
それに一生私の前に現れないのなら、恨みも流せる。
少し離れた場所でふっと息を吐いていると、後からやってきたラース様が教えてくれる。
「ある程度監視は必要でしょうから、伯爵家が取り潰しになった後は、家の領地であの二人を引き取ることを提案しておきましたよ」
「すみません、沢山ご配慮していただきまして……」
うっかり私のスキルを見られてしまったがために、ラース様には負担をかけてしまっている。
「それは気にしなくていいですよ。二人も、貴族社会から離れて落ち着いて穏やかな生活を始めたら、君が色々と我慢して、その末に色々と気を配ってくれたことも気づいてくれるかもしれないね」
「気づかなくても……いいのですけれど」
とにかく忘れてほしい。
魔獣との戦いなんて、とんでもないものが一緒に記憶されているので、無理かもしれない。
「疲れたでしょう。先に館へ戻っていてください。それにあなたがいると、王宮から派遣された者が来た時に、説明に困りますからね。……クヴァシル!」
ラース様はクヴァシルを呼び、私と共に帰るように指示していた。
そして私は、とんでもないごたごたが起こった森を、ようやく後にしたのだった。