勘違いはそこまでにしていただきます
そちらはなんだかゴタゴタしていた。
遠目にも、すでにミシェリアとアルベルトが目を覚ましているのが分かる。
私達が近づいていることに気づいて、たたっとクヴァシルがこちらへやってくる。
「どういう状況ですか?」
ラース様に尋ねられたクヴァシルは、肩をすくめてみせる。
「女の子の方の記憶をいじるのが、とても大変で。何せ一回ごとにどこまで覚えてるか確認して、まだスキルのことを覚えているようだったら消して、っていうのを二回も繰り返したからね」
はー、とクヴァシルが、ため息をつく。
「しかも最終的には、リネア様にした誓約の効果で打ち消されたりもして。仕方ないから、リネア様に彼女がやった誓約に魔法の効果を乗っけて、破ろうとしたら口が動かなくなるって術をかけたんだ。本人にも口外無用のことを約束させたよ」
「ずっと一緒にいたものね……」
側で死なれては寝覚めが悪いので、ミシェリアをスキルで守っていた。
だから彼女はずっと見ていたし、会話も聞いていた。
あれを消すのはほぼ不可能というか、森で目覚める前まで記憶を遡らせなければならない。
それは可能か聞いてみたが、今の手持ちの聖花では不可能で、深山幽谷に咲いた花を数ヶ月かけて探さなくてはならないと、クヴァシルは回答した。
もうこれで満足するべきだろう。
それに……ミシェリアは誰にも言わない、と信じられる気がした。
私よりもプライドが高い彼女が、最も嫌いな私に対して膝をつき、誓約までしたのだから。
何より、私へのわだかまりもだいぶ減ったのではないだろうか。スキルのことを知っていればこそ、私がアルベルトにこだわるわけがないということが理解できたはず。
そして今も、ちらりとこちらを振り返った視線に敵意は感じられなかった。むしろ何かを悟ったような表情だ。
「男の方は記憶をいじる必要がなかったな」
クヴァシルが続けて報告した。
では、あれは一体どういうことなのか。
「二人で、今ここにいる理由を教えあっているはずなんだけど……」
「どうしてここにいるんだ? さらわれたと言っても、エレナ様がなぜ君を使う必要があったんだ?」
アルベルトは、ミシェリアに尋ねていた。
うつむいたミシェリアは、正直に話すことにしたようだ。
「……どうしても、憎かった」
顔を上げて睨んだ先にいるのは、アルベルトだ。
「リネアがあなたと婚約したいばかりに、自分の父親に私の家を没落させたんだと思っていたのよ。だから、エレナ様にリネアを殺してあげると誘いかけられて、うなずいたの」
アルベルトが苦虫を潰したような表情になる。
すると横から、ラース様が教えてくれた。
「アルベルトも同じように、君を始末してあげるとエレナ嬢に持ちかけられて、僕を足止めする協力をしたらしいんです。巧妙ですよね、手を汚すのは自分がするから、少しだけ手を貸してくれればいいと二人を騙したみたいですよ」
「悪知恵だけはすごいわ……」
自分を殺す計画の話だったせいか、どんな反応していいのかわからない。無事にその計画が潰れてよかった。
「エルヴァスティ伯爵自身に手が届かないから、リネアを苦しめたかった。そんな必要、なかったのに……」
どこまで告白して、ミシェリアは目に涙を浮かべてその場に座り込みそうになる。
私は、ミシェリアが私との話を理解してくれてることを感じて、少しほっとした。
そう、私はアルベルトを好きではないのだから、私を敵視する必要すらなかったのだ。
そんな彼女を、アルベルトが抱きしめた。
アルベルトはまだ何もよく知らないのか、とんでもないことを言い出す。
「全部リネアが悪いんだ。僕に横恋慕したから。そのせいで君が悩むようなことになっただけ……」
君のせいじゃないと慰めているつもりなんだろうが、ちょっと聞き捨てならない。
カチンときた私は、思わず二人に近づいていた。
「言っておきますけど。私があなたとの婚約を望んだことなんて一度だってないわ、アルベルト・ヘルクヴィスト」
「り、リネア!?」
私がしっかりと聞いていて、しかも側にいるとは思わなかったんだろう。アルベルトの斜め後ろから近づく形になったから、それは仕方ないけど。
「あなたにずっと、妙な思い込みをされると困るから、言うわね?」
前置きして、私はアルベルトに言った。
「私、あなたのことが大嫌いです。アルベルト様」