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ラース様の過去

 ラース様には弟がいると聞いていた。

 過去形で語られていたのと、家族がいるという話をどこからも聞かなかったから、もう亡くなった人なのかと思っていた。

 その辺りも、ラース様が言うまではと聞かないようにしていたのだけど。


「不思議でしょう? 弟がいた話はしたのに、家にはその肖像画すらないんです。両親の肖像画もありません。それは全て、弟の身を守るためでした。その始まりは、私が幼少期のうちに治癒のスキルを持っているとわかり、聖王として神殿に迎えられたその時になります……」


 そのまま簡単に説明してくれた。


 ラース様は、ほんの一桁の年齢の頃から、ここから離れた場所にある大神殿で暮らすことになった。

 その際、ラース様のことをスヴァルド公爵家では『病気になって領地にいる』と説明したらしい。


 なぜなら聖王が誰であるのかわかってしまうと、病気を治して欲しくて家族を脅したりするような人間がいるからだ。


 それほどに、治癒のスキルというのは珍しい。


 王家は把握していたけれど、知っているのは国王と腹心の部下だけ。

 大神殿へ移り住む時も、念入りにさも領地へ旅立つようなふりをした上で、途中の野宿をする場所に大神殿の人間が迎えに来て、夜中のうちに連れて行くというような徹底ぶりだった。


 全ては聖王が、滞りなく活動することができるようにするため。

 うっかりと顔を見知った人が現れても困るので、肖像画も全て燃やした。


 ――それでも感づいた人間がいたのだ。


 まだ幼いラース様が、全く親と会わないのも可哀想だからと、前スヴァルド公爵夫妻は領地の別荘で、年に一度だけラース様と再会していた。


 もちろん弟も一緒だ。

 特に十三歳のその頃、ラース様は治癒のスキルが弱まっていることを感じ、不安を抱えていたため、大神殿の人間も心の安定のために家族との交流をさせていた。


 そんな別荘に、押し入った者がいた。

 治癒のスキルで病気を治して欲しいと言い、ラース様に剣を突きつけて要求したのだ。


 スヴァルド公爵夫妻はラース様を守ろうとした。

 そのため二人は、押し入った賊に剣で切りつけられてしまう。


 ラース様は、せめて弟だけでも守りたいと思った。

 できもしないのに、病気を治すと嘘をついて、まずはこの別荘から離れよう。そう思った時、弟は捕まり――。


「その時ようやく、護衛の神殿騎士達が駆けつけたんです。賊は殺され、弟は両親に取りすがりました。そして僕に言いました。『お兄様は怪我を治せるんでしょう? 早く治して!』と。でも僕にはできなかったんです。一日一度だけ。それがその時の僕に使える治癒のスキルの条件でしたから」


 不幸なことに、ラース様はその日、遊んでいて怪我をした弟にスキルを使ってしまっていた。

 自分のせいだと気付いて嘆き悲しんだ弟は、両親にすがりついた。

 その時だった。


「弟が、治癒のスキルを使ったんです。父は治癒をするのが遅すぎて助かりませんでしたが、母はなんとか一命を取り留めました。そして弟は、何度もスキルを使えたのです。最初に僕が、治癒のスキルを使えた頃のように」


 この事件の結果、守りきれなかったことを謝罪する大神殿に、ラース様は要求した。


 一つは、自分よりも治癒のスキルの力が強い弟を聖王にすること。

 二つ目は、母の生死を隠し、弟と共に大神殿で暮らせるようにすること。


「結果、僕は公爵家を継ぎました。家族を失ったかわいそうな公子として」


「それは弟君とお母様を守るためだったのですね」


 聖王になれば、弟は大神殿の奥深くで守ってもらえる。付き添う母親も同じだ。


「そしてラース様は、二人を守るために孤独な道を選ばれた」


 ラース様の時のような危険を冒さないため、ラース様は家族を失ったことにしたのだ。

 そうして弟とは会わず、死んだという話を誰もが信じるだろう。


 一方で弟は母親が側にいられるようにした。また幼いうちに、賊に襲撃された恐怖を味わい、父親を救えず、失ってしまった悲しみも背負ってしまった。

 それらを緩和させるためには、母だけでもずっと側にいられるようにするべきだ、と判断したのでしょう。

 これ以上ない方法だと私も思う。


「だからリネア、君に言う勇気が出なかったんです。私は、そんなスキルを持っていて聖王だなんて祭り上げられたこともあったのに、両親すら救えなかったことを」


 ラース様は自分を卑下するけれど、私は首を横に振った。


「そんなことありません。家族の命がかかっていて、その家族を愛しているのなら言えなくても当然です」


 不運なことに、私は唯一の家族である父親にそういった愛情を感じたことがない。だから想像だけでしかないけれど。

 もしラース様やアシェル様、カティの命を守るために口をつぐむ必要があったら。私はそうするだろう。


「……君にそう言ってもらえて嬉しい。話して良かった」


 ラース様は、少し落ち込んだ様子だったけれども微笑んでくれた。

 それからアシェル様やクヴァシルの側へ戻った。

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