事情を聞いてもいいのですか?
一体何があったのだろう。
困惑する私に、クヴァシルが先に帰った方がいいよと言った。
ラース様達は、今回の事件について、王宮から人を呼んで説明し、これからの対応を考えることになっている。
その際に、うっかり魔獣の死体を誰かが始末してしまっては困るので、そのまま森にいることにしたようだ。
監視と、今のうちにエレナ嬢やアルベルトに話を聞いておくと言っていた。
王宮から派遣される人間が尋問をしてからでもいいように思うが、このまま放置すると、色々と面倒なことになる。
「例えば、リネア様のスキルのこととかね」
と言ったのは、クヴァシルだ。
私のスキルが、アルベルトとミシェリアだけではなく、エレナ嬢やその従者にまで目撃されてしまった。
隠していくという方針を変えない以上、事情を聞いた後で、記憶を消してしまう必要があった。
その上でラース様が描いた通りの結果を王家に報告し、エレナ嬢達にもそれにうなずいてもらわなければならない。
「ご迷惑をおかけしました……」
とても面倒で時間のかかる作業をしなければならないのだ。特にアルベルトを傷つけた前後の記憶が欠けていたら、エレナ嬢はなかなか納得しないだろうに。
私はしおしおとラース様に頭を下げた。
「僕が駆けつけるのが遅かったせいですから、気にしないでください」
「いえ、とっても早かったです」
私は首を横に振った。
ラース様は私の身に起こったことを、直接見ていなかったし、離れた場所にいたのだ。
それにマルクから知らされてすぐ、一人で駆けつけるならまだしも、私兵も連れて来た。
人を動かすのはとても時間がかかるので、普通ならもっと遅くなってもおかしくない。
なのにあの早さだったのだから、十分すぎる。
「ただクヴァシルの魔法で記憶を消す場合、詳細な操作まではできないんです。さっきは、大雑把に数分前まで記憶を消しただけなんですよ」
そういえば呪文のような言葉で、時を戻すと言っていた。
本当に一分前まで、記憶を遡らせるものだったんだろう。
「オーグレン公爵令嬢には、細かな記憶操作を繰り返すことになるでしょう。先ほど君から聞いた状況からすると……ね。クヴァシルは大変になりますが、自分の手でアルベルトを刺したところぐらいは、覚えてもらっていた方が後々やりやすいですから」
あれを覚えていれば、エレナ嬢はアルベルトに執着しなくなるだろう。
はっきりと自分は選ばれなかったのだと認識できれば、プライドの高い彼女の方がその事実を認めたくなくて、もう興味はなくなったと言い出してもおかしくはない。
同時に、私への過剰な反感も抑えられる。
「どちらにせよ、オーグレン公爵家はかなり力を落とすはずですから、あまり発言力はなくなるでしょうが」
ラース様の発言にゾッとしたけれども、仕方のないことでもある。
魔獣を操って人を殺そうとしたのだから。もちろんそれは、アルベルトのヘルクヴィスト伯爵家も同じだろう。
そうすると、ミシェリアとの仲はどうなるんだろうか。
思わず考えてしまった私に、ラース様が小さく笑う。
「何か気になることがありますか? 優しいあなたのことですから、自分を虐げていた人を助けたいなどと思っても、おかしくありませんからね」
いえ、私そこまで聖人君子のような人間ではありません。
「ただ……。あの二人がどうするのかと思いまして。想像した以上に、本心から好き合っているみたいですし」
アルベルトを救うためなら、私にへりくだっても構わないと叫んだミシェリア。
ミシェリアを凶刃から庇ったアルベルト。
二人とも、ぎりぎりの所になればお互いのことだけを想って行動していた。
「……僕のことは、あれ以上聞かないんですね」
ふっと告げられた言葉に、私はどうしていいのかわからなくなる。
考えて、正直に伝えた。
「ラース様がずっと隠していらしたことなので、聞いていいものかどうかわからなかったんです。私も少し前までは、自分のスキルのことを誰にも明かさず、ひた隠しにしてきました。だからこそラース様も、今まで私にも隠してきた理由があったのだ、と思ったので」
そこでちょっと笑って付け加えた。
「気にはなるんですけれどね」
でも言いたくないことならば、私は聞かない。
それでもラース様は、必要とあればその力を使って私を助けてくれると知っているから。
むしろこうして、私の記憶を消そうと言わないのだから、ラース様が治癒のスキルを持っていることを知らせておいてもいい、と思っている……と解釈していた。
私の話を聞いたラース様は、驚いたように目を見開いてから微笑む。
「やはり今、説明しましょう」
そう言ったラース様は、アシェル様とクヴァシルに指示をした後、私の手を引いた。
行き先は、彼らから見える場所にあった倒木だ。
その上に、二人で並んで座る。しびれ薬でほとんど横になっていたとはいえ、疲れていたので座れるのはありがたい。
「簡単に言うと、治癒のスキルを持つ人間は、二人いるんです」
「二人……」
「一人は僕、もう一人は弟です」