スキルの使い道って
学院へ到着した後は、昨日と同じく快適な学院生活を送れた。
夢のことを考えたくて、わずらわしいアルベルトは見かけたものの即遠ざかってやった。すると今日はさすがに、私を追いかけては来なかった。
だけど今日は、あのアルベルトが交際していた召使いが目の前に現れた。
――ミシェリア・アレリード。
あの娘が廊下で掃除をしている姿をいかければ、貴族令嬢達はこそこそこと噂話をし始める。
例えば。
――召使いミシェリアは、元は伯爵令嬢だった。
借金を抱えた上に失態を犯し、国王の不興を買ったところで当主が病没。
聞くところによると、借金を帳消しにするために、隣国と秘密の交易をしていたのだとか。
国賊として伯爵家の領地は取り上げられ、あわれ伯爵令嬢ミシェリアは平民に。
哀れに思った父親の友人の紹介で、学院の召使いとして職を得たのだとか。
(問題は、借金の相手がうちの伯爵家だったことよ)
――エルヴァスティ伯爵家から借金をしたせいで、没落した。
何度も噂話でそう聞かされた。
そう、うちの伯爵家の悪行の一つとしてミシェリアの家のことが語られているのだ。
おかげでこんなことも言われる。
――ミシェリアは、復讐のためエルヴァスティの娘の婚約者を奪った……。
私としては納得できる話だ。
でなければ、元伯爵令嬢が婚約者がいる男性と、本人が目撃しそうな場所で堂々といちゃついたりはしない。
(わかってやっているに違いないわ。私への嫌がらせのつもりでしょう)
私は前からそれを疑っていた。
だから彼女に嫉妬をしているのではなく、普通に行動にムカつきつつ……もし妾になるのなら、これからもミシェリアを意識しなければならないことが嫌だと思っていた。
アルベルトも、気に食わない私に嫌がらせをするために、便乗しているのでは? と疑っている。
(ただアルベルトと付き合うことは、本当に恋心のなせるものなのかしら? 自分の生活の保証を確保したいのでは?)
そうでなければ、貴族令嬢から平民に落ちた直後にでも、アルベルトに会いに行ってもおかしくないと思うのだ。
この学院に勤めるようになって、再会し、そこでアルベルトを頼ることを思いついたのではないか。
そのミシェリア・アレリードが、今日は廊下の掃除を終えそこねてまごまごしていた。
私がこれから、音楽の授業を受けに行く途上で。
しかも周囲には、他の貴族令嬢達が沢山いた。あのオーグレン公爵令嬢も、友人達と立ち話をしている。
実に最悪な状況だ。
このまま反転して遠回りをすると、私が召使いに負けたとかそういう悪口を言われるだろう。
でも今の私には、これをはねのける力がある。
(あの召使いの声は聞こえない、そして近づかせない……)
そう念じて前へ進む。
ふっとミシェリアがこちらに視線を向けた。何かに気づいたように、私の方へ歩み寄って来ようとする。なぜ?
わけがわからない。
召使いが堂々と貴族令嬢に声をかけるなど、普通はしない。そもそもバケツを持ったまま私に近づくって、どういうこと?
けれど私には、彼女をブロックする力があるから大丈夫……と思ったら。
「あらごめんあそばせ」
一人の令嬢が、よろけたふりをしてミシェリアにぶつかり、足をひっかけた。
オーグレン公爵令嬢の仲間の……腰ぎんちゃくをしている子爵令嬢だ。
ミシェリアは当然その場で転んで、バケツの水も思い切りひっくり返す。
(水で濡れるなんて嫌!)
上がる水しぶきに悲鳴をあげかけた私だったけど。
(……あら?)
私の近くの床まで濡れたのに、ドレスの裾に水がかかった様子がない。
「やだ、召使いがバケツの水をこぼしたわ!」
「靴が汚れちゃったわ! せっかくお父様が買ってくださった白絹の靴なのに!」
「私もよ!」
近くにいた、ミシェリアを転ばせた令嬢達が大騒ぎする。
バケツを持っている人間を転ばせたのだから、自業自得というものだろう。
ミシェリアはそれに対して、何か弁解のようなことを口にしている……ように見える。何せ音声を聞こえないように設定してしまったので、私には何を言っているのかわからない。
どちらにせよ、ここに留まっても私に良いことはないので、そのまま立ち去った。
ミシェリアがすがるような目を向けてきたことには気づいたけど、残念ながら、私は自分を窮地に追い込んだ相手を助けるほど優しくない。
そもそも彼女の場合、先だっても手を貸したのに、恩をあだで返されたことがあるのだ。
「あの時も、バケツの水をひっくりかえしたのではなかったかしら?」
まだアルベルトとのことも知らなかったから、「気にしないで」と言ったのに、ミシェリアは大騒ぎをした。
あげく、やってきた人に「あのお嬢様が……」といかにも私が彼女を転ばせたかのように言って、私を悪者にしたのだ。
二度と同じ手には引っかからない。
そんな風に思いながら、現場から角を曲がって遠ざかろうとした時。
私が後にしてきたミシェリア達がいる場所。まだ彼女達はなにか言っていたけれど。
その向こうに、あのお菓子公爵と騎士の姿が見えた。じっとミシェリア達の騒ぎを見ている。
「…………」
心の中で、私は嘆息する。
あの人達には、私は嫌な女だと思われたかもしれない。
転んだ召使いを気にもせず、優しく声をかけることも、周囲からかばってやることもなかったのだ。
優しい貴族令嬢とは、確実にかけ離れた行動だろう。
「そもそも嫌われ者だもの。今さら……」
つぶやいたのは、たぶん強がりだと自分でもわかっていたけれど。
そんなことより、と私は他のことに意識を向けた。
考えるべきは、ひょんなことから芽生えた能力についてだ。
(人だけなのかと思ったけれど。他の物もどうにかできるの?)
声と物理的に人を近づけないようにするはわかっていたけれど、水にまで有効だとは思わなかった。
(後で火とか、そういうものにも効果があるのかを試してみよう)
心の中にメモしておく。
さて、他にも試すものはあるだろうか。
考えた末に思いついたのは、手に持っていた鞄。その中身だ。
音楽室へ行った後、私は鞄の中に手を入れ、筆記用具を取り出そうとしながら念じてみた。
(ペンもノートも私に接触できない)
すると、手が早々に鞄の底についたかのように、それ以上入れられなくなった。
(ペンやノートにも効果がある? それなら、ほとんどのものに有効なのでは?)
私は新しい発見にうずうずした。もっと色々と試したい! 音楽の授業中はずっとそのことから頭が離れなかった。
そうして授業が終わった後のことだった。
足早に迎えの馬車へと向かっていると、
「やあエルヴァスティ伯爵令嬢」
昨日と変わらずに、スヴァルド公爵が声をかけてきたのだった。
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