彼の秘密
ちょっと短いです
離れた場所にいたエレナ嬢とその従者が、パタリとその場に倒れてしまう。ラース様の私兵は、動かなくなった三人を馬車に乗せた。
続いてミシェリアも同じようにその場にくずおれて眠り、うめいていたアルベルトも静かな寝息を立て始めた。
「その話がしたいなら、もっと早く処置をして欲しかったですねクヴァシル」
「流れ的には仕方ないでしょう? それで、どうするんですか?」
クヴァシルに問われたラース様は、一度目を閉じてからまっすぐにクヴァシルを見返す。
「この答えになるよう誘導したのだから、クヴァシルには必要なだけ人の記憶を無償で消すと約束して欲しいのですがね。それが条件です」
それはどういうこと?
一方のクヴァシルはヒューと口笛吹いた。
「本気?」
「彼女がそう願うのならば、ですよ。聖花は『幻惑の星』でしたか?」
ラース様の言葉にクヴァシルはうなずく。
「今は一本でいいよ。あとで調節する時に沢山使うかもしれないけど」
「そんなに沢山咲いていないんですから、あまり使いすぎないようにしてくださいよクヴァシル」
呆れたように言いながら、ラース様はアルベルトに近づく。
真っ青な顔で目を閉じ、眠っているというのに苦しそうに歯を食いしばっているアルベルトの横に膝をつくと、ゆっくりとその怪我に指先で触れた。
その指先と傷口に、蛍のような光が灯る。
柔らかな光はじわじわと傷口全体を覆うように広がっていくと、ふいに消えた。
そして傷口がどこにも見当たらなくなる。
「これは」
スキルだと私は悟った。
魔法ならば聖花が必要になる。それにクヴァシルは魔法では怪我は治せないと言っていた。それを信じるなら、スキル以外ではこんな現象は起こせない。
「ラース様……」
何を言っていいのかわからないまま、名前をつぶやいてしまう。
立ち上がったラース様は、私に微笑んだ後で、クヴァシルに指示する。
「今のうちにミシェリアという娘と、聞いていたかもしれないから、この男の直近の記憶を消してください」
「ご下命承りました」
クヴァシルは役者のように大仰な身振りで一礼してみせると、新たな聖花を懐から取り出した。
「記憶よ、時を戻せ」
ふっと息をかける。
すると、すみれ色の八重の花は砂粒のようになって解けて、光に変じてミシェリアとアルベルトの上に降り注ぐ。
「はい完了」
「ご苦労様」
「今のは……?」
思わずつぶやいた私に、ラース様が苦笑いした。
そうして本人が口を開く前に、横からクヴァシルが説明する。
「治癒というのは、魔術ではできないんだよリネア様」
「え、でも……」
ラース様が今アルベルトの怪我を治したのは、スキル?
でもそんなスキルを持っているのは、ただ一人しかいないはず。
「聖王……様」
私が知っているのは、神殿の最高位にいるその人だけだ。
「事情があるんだ」
ラース様は、少し悲しそうに答えた。