エレナが刺した相手は
「そんな……」
エレナ嬢はいやいやと首を横に振る。
「その女はみんなを騙しているのよ。ラース様、あなたも騙されているんだわ。可哀想な自分を演じて、あなた達を破滅させようとしているのよ!」
エレナの言葉に、ラース様は首をかしげる。
「別に騙されてもいませんし、リネア嬢はむしろ雄々しいぐらいですけれどね」
私は苦笑いする。
か弱いとは思ってもらえてはいないだろうけど、まさか雄々しく見えていたとは。
なんにせよ、言い訳が尽きたらしいエレナ嬢は、私を黙って睨みつける。
だから私は言った。
「あなたはアルベルトが欲しくて、私を恨んでいたんでしょう? 片思いをしているらしいことは、ずっと知っていたわ」
「……アルベルトを、好きだった?」
反応したのは、よろよろと立ち上がったミシェリアだった。
魔獣が倒されて、少し気持ちが落ち着いたのか、エレナ嬢の側から離れようと、私とクヴァシルの方へ歩いてくる。
「気付かなかった? 彼女はアルベルトに片思いしていたのよ」
あの恨みがましい視線。そしてアルベルトに向ける、何かを夢見るような眼差し。
私への悪口の中でも、アルベルトのことはずいぶん褒めていた。
私以外にも、彼女がアルベルトを気にしていると知っている人は多いはず。
「そんなこと関係ないわ! あなたさえいなければ!」
エレナ嬢が叫ぶ。でも私は、クヴァシルが側にいるので、傷つけられないと思ったんだろう。
「お前を先に殺してやる!」
しかしエレナ嬢はミシェリアに向かっていく。
スカートの隠しから取り出した、護身用らしい、飾りの華美なナイフをその手に握って。
ミシェリアは驚いたせいで、固まってしまう。
とっさのことで私は動けない。
クヴァシルは冷たい目でミシェリアを見ていた。本来、彼は関わりのない人ならばどうでもいいと思ってしまうのだろう。
ラース様とアシェル様は、走ろうとした。
けれど二人を追い越して、飛び出してきた人がいた。
「ミシェリア!」
ミシェリアとエレナ嬢との間に飛び込んでミシェリアを庇い、悲鳴を上げてその場に座り込んだのは、アルベルトだった。
「アルベルト!」
悲痛な叫び声はどちらのものだったか。
アルベルトは背中からナイフで刺され、その場に倒れる。
「う……ぐあっ……」
痛みのあまりに蹲りながらも、アルベルトはもがき苦しんでいた。
そうなるとわかっていただろうに。アルベルトはミシェリアを守ろうとしたのだ。
多少利己的で、時に彼女を自分のためにないがしろにすることがあっても、やっぱりアルベルトはミシェリアが好きなんだろう。
刺したエレナ嬢の方は、ナイフを持った手を震わせながら、そんなアルベルトを見つめることしかできない。
「あ、え、アルベルト様、なんで」
エレナ嬢はその行動が理解し難かったんだろう。戸惑って視線が揺れる。
きっとラース様達が、道案内のために連れてきていたんだろう。魔獣が強かったのか、今まであの馬車の中に隠れていたに違いない。
でも魔獣はいなくなり、ミシェリアの声が聞こえて出て来たのでは。
そして殺されそうになっているミシェリアの姿に、とっさにかばった、ということではないかしら。
しかしアシェル様はものすごく怒っているのか、辛辣な言葉をエレナ嬢に向けた。
「お前が恋のために画策した成果を、せっかくだから見せてやろうと連れて来たんだ。努力をしたのだから、称賛されたいだろう?」
「称賛じゃないわ! 私は、アルベルト様に私から離れられないのだとわかってほしくて!」
エレナ嬢が再び叫んだ。
「わかってほしかったから、この森にアルベルトの父が魔獣を隠したことを、わざわざ見せて従うようにしたんだろう。そうでなければ、臆病者のこの男では、ラースを足止めすることすらしなかったはずだからな」
皮肉げなアシェルの言葉に、エレナ嬢は目を見開いたまま震える。
「なんにせよ、気持ちは通じたのではないのか? お前の意志など必要ない、自分に逆らえばどんなに大事なものでも壊して脅すという気持ちは。そしてアルベルトは答えたんだろう。大事なものを壊されるくらいなら、自分が傷ついてもいいと」
手に握ったナイフが、まだ凍りついていた地面に落ちた。
エレナ嬢には、もう一度気力すらないようだ。
「拘束しろ」
アシェル様の指示に従い、ラース様の私兵達が行動した。
呆然とするエレナ嬢を縄で縛り上げ、従者二人もたちまちのうちに拘束し、彼らを乗ってきた馬車の方へ連れて行く。
アシェル様はそちらへ着いて行く。
一方刺されたアルベルトの方は、苦悶の表情を浮かべてうめき続けていた。
「あの、魔術士様! お願いですアルベルトを助けてください!」
ミシェリアがクヴァシルに取りすがっている。
「うーん」
しかしクヴァシルの反応は鈍い。ミシェリアは頼む相手をすぐに私に変えた。
「お願い、なんでも言うことを聞くわ。靴を舐めろと言うならそうする! だからお願い! この魔術士様に頼んで!」
「リネア様にそれを願ってもだめなんだよね。私は怪我なんて治せないから」
「え……」
ミシェリアの表情が絶望に染まる。
けれどクヴァシルが飄々とした態度で続けた。
「どうせ願うなら、リネア様にラース様に頼み込んでくださいと願うべきだね」
「ラース様に?」
首をかしげた私だったが、ラース様がちょうどこちらへ近づいて来ていて、その声が聞こえたようだ。
「クヴァシル……頼む前に、必要な処置をしてもらいましょう」
「かしこまりまして」
苦い表情のラース様にお辞儀したクヴァシルは、聖花を一つ使った。