そして助け手はそろった
私がそんなことを考えている間に、エレナ嬢はスカートのポケットから小さな袋を出した。
銀糸で細かな刺繍がほどこされた袋を見て、黒髪の従者ディオルが叫んだ。
「まさか全部お使いになるんですか!? 魔獣除けの石では防ぎきれませんお嬢様!」
「おだまり! あなたがたも裏切ったんでしょう!? とにかくその女を殺さなくては!」
エレナ嬢は持っていた小さな袋を私の方に向かって投げつけた。
上手く私の足元に落ちた袋から、虹色の透明な石のようなものが三つ四つこぼれ落ちる。
空中の光を浴びた虹色の石から、ふわりと甘い香りが立ち上った。
何かの薬かと思って、私はその匂いを遮断してみたけれど。匂いが届いているはずの従者達には何の変化もない。
「うわっちゃー」
クヴァシルの嫌そうな声に彼の視線の先を追ってみれば、木々の上に顔を出した巨大な岩のような猿が三匹もいる。
凍らせる魔獣とは、また別の魔獣らしけれど。
「え、ええええ」
私は困惑するしかない。
たぶん私のスキルで防ぐことはできると思う。その範囲に入れておけば、ミシェリアもクヴァシルも怪我をすることはないでしょう。
でもその後はどうしましょうか。
クヴァシルが倒せたらいいのだけど。
そう思って横を見ると、クヴァシルが苦笑いして首を横に振った。
「ごめん、さっきと同じ魔法が使える聖花はあと一個しかないんだ」
一体は倒せても、二体残ってしまう。
それでは私が逃げ出した場合、その二体を連れて森を出ることになってしまう。
どうしてこの森から出なかったのか、その原因はわからないけど、逃げる餌を追うためなら出てしまうでしょう。
何も知らない農民や、通りすがりの人が襲われてしまうのでは。
私はそのまま考え込んでしまった。
一応、雪や寒さ、炎も含めて私の周囲に近づけないようにしたけれど、その必要はあまりなかったみたい。猿は岩を投げてきたから。
ブロックスキルの壁に阻まれ、私から少し離れた場所で岩が砕け散る。
「ひゃっ」
破砕する音の大きさや振動に、さすがの私も驚いた。
「わーお」
クヴァシルが楽しそうにしている反面、ミシェリアが真っ青な顔で岩が砕けた場所を見上げていた。
早めになんとかしなくては……。
私のスキルでどうにかできるものかしら。起点を私にしか置けないものだから、あの猿たちを閉じ込めてどうこうという方法も使えない。
悩んでいたその時だった。
突然、まだ離れた場所にいた猿の一体が、首を胴から切り離され、血飛沫を上げながら倒れていく。
木々の向こうにその姿が見えなくなってすぐに、重たい音と地響きが耳に届いた。
「え、誰?」
誰かがあの魔獣を倒したのだ。でもどうやってそんなことをしたのか。他に魔術士がいる? いるのはいいけれど、それは私の味方かしら。
でも心配はなさそうだった。
「じゃあ僕も一体倒しておこ」
クヴァシルが聖花を握ったまま、私のブロックスキルの範囲から飛び出していく。
後を追うと、少し走ったところで立ち止まり、もう一度あの魔法を使った。
少し距離がある場所にいた魔獣が、炎の柱の中へ消えていった。
残りの一体は、この状況に怒りを感じたのか、ガラガラとした声で吠え、なんとか私の方に走って来る。
「え、ちょっと」
心配なので、もう一度、 私に接触できないようにスキルを発動する。しっかり解けていたら嫌だもの。
けれどその心配はなかった。
「アシェル」
聞き慣れた声がその名を呼ぶ。
鹿毛の馬に乗った、黒衣の騎士が森の中から飛び出してくる。
アシェル様だ。
彼が馬から飛び降りている間にも、魔獣はこちらに迫っていたけれど。
「天の槍よ」
クヴァシルの言葉とともに、魔獣の上に雷が落ちる。
頭が焼け焦げた魔獣の体を、アシェル様が足に羽が生えたかのように軽々と駆け上り、その首を刎ねた。
倒れた魔獣は、もう動かない。
そして地面に降り立ったアシェル様が、顔をしかめた。
「馬車が通れないな」
「仕方ないでしょう。そこまで狙って倒す余裕はありませんでしたからね」
アシェル様が馬で駆けてきた方向から、栗毛の馬に騎乗したラース様が現れた。衣服はグランド侯爵家を訪問した時のままだ。
そして倒れた魔獣の足の向こうに、箱型の馬車が現れる。
中から出てきたのは、ラース様の館でいつも見かける、ラース様の私兵だ。生成色のマントに、緑のサーコートを着ているのですぐわかる。
「どう……どうして」
魔獣も倒され、私から少し離れた場所に立ち尽くしているエレナ嬢が、ラース様たちの姿に顔を引きつらせる。
そんなエレナ嬢に、ラース様が説明した。
「あなたが僕を足止めするために使った、アルベルト。彼は隠し事ができない質ですね。リネア嬢について、散々悪口を言い続けている間は元気だったのですが、それが尽きてしまうと、結局はどんな話なのかしどろもどろになって、何かを隠しているのが丸わかりでしたよ」
アルベルトがあっさりと吐いたらしい。
「おかげで、そう時間を置かずに連れ去られたことが判明した」
たしかに。クヴァシルが駆けつけたのも、とても早かった。ラース様も館の私兵を連れてここへ来るまでの時間が短い。
正直私は、ラース様はここには間に合わないと思っていた。だから先にクヴァシルをよこしたのだとばかり考えていたもの。
「その後、彼には話してもらいましたよ。あなたが邪魔に思っているリネア嬢を殺そうとしていたこと。それにアルベルトが協力した理由も。よくもまあこんなところに、魔獣を隠していたものです」
ラース様はため息をついた。