危機の中での彼女の選択
凍り付かずにいたのは、私と近くにいたミシェリアだけだ。
「直撃してたら死んでるじゃないの……」
そもそも凍らせるのなら、私やミシェリアが死んだ証拠を残す必要がなさそうな。……あ、違うわ。きっと蛇が食べようとするのね。
続けて蛇をブロック。
蛇は私の身長二つ分ぐらいのところで、ぐあぐあと空中に噛みついて怒っている。 目の前にいる餌が食べられないせいかしら。
「スキル……なぜ」
その時ようやく、正気を取り戻したらしいミシェリアが、つぶやいた。
やっぱりこれ見ちゃったら、すぐにスキルだってバレるわよね。
でも独り言みたいだし、答えなくてもいいか。むしろ私は聞きたいことがある。
「あなたはどうしたい?」
「え?」
ミシェリアが首をかしげた。
「このままだと、あなたは死んでアルベルトはエレナ嬢のものになる」
「そ、そんなの嫌よ!」
わなわなとミシェリアの唇が震える。即答したのだから、それが彼女の紛うことなき本心だろう。
「生き残るためには私の手は借りなくてはならない。その場合、このスキルについて口をつぐみ続ける誓いを立てない限り、私はあなたを助けられないわ」
これが最低条件だ。
今まで嫌っていた私を、生き残るために利用するだけならいくらでもできるだろう。
私を貶めるため、今まで何度もずるい手を使ってきたミシェリアなら、平然とそれをやる。
だけど私はそれを許す気はない。
私の未来のためにも、スキルのことは黙っていてもらわなくてはならないのだ。
ミシェリアは私の顔を嫌そうに見上げ、さらに高い場所にあって、すぐにでも私達に襲いかかろうとしている蛇に視線を移す。
それから背後を振り返って、離れた場所にいるエレナ嬢の従者達を見た。
走って逃げることはできない。
すぐに魔獣が襲いかかる。
運よく避けられたとしても、エレナ嬢の従者達に殺される。
ミシェリアの選択肢は二つしかないのだ。
それを自分でもよくわかってるんだろう。私に縋りたくはない。でも生きたいのならすがるしかない。
葛藤の末に、ミシェリアは意外に早く決断した。
「あなたの言う通りにする。古式でいいのね?」
私がうなずくと、ミシェリアはぐっと何かを堪えるような表情で、私の前に膝をついた。
「申し上げるは、この世に満ちる神の息吹、その使いである精霊達。魔の者や闇の領域を統べる存在よ。私の声を聞け、そして記憶せよ。私は目の前にいる娘リネアの願う通り、その秘密を守り続ける」
その言葉とともに、ミシェリアは自分の口の端を噛んで血を滲ませると、指先にその血を付け、地面に円と星十字を描いた。
これはとても古い、貴族の間ではまだ残っている誓約の仕方だ。同じことをするのは、神殿の神官ぐらいではないかしら。
まだ世界に魔法が普遍的にあった時代に行われていたもの。
魔法の名残は、まだこの大気に含まれていて、それが聖花になったりするのだと言われている。だから誓約を破ると、不可思議なことが起きると言われていた。
その言い伝えを、貴族たちはみんな信じている。ミシェリアも同じはず。
生き延びた後で不運や病魔に苛まれたくないのならば、彼女は約束を守るだろう。
……さて問題は、あの二人の従者だ。
「あの二人、どうやって口封じをしたらいいのかしら……」
困ってしまっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「だーいじょーぶっ!」
能天気なその声を、私はとてもよく知っている。
「え?」
周囲を見回す。
誰もいないように見えるのに、一体どこから?
すると間もなく、真後ろに煙が上がる。
「ひえっ!」
驚いて数歩進んだせいで、ブロックスキルで作った壁も移動し、蛇が押されて迷惑そうな顔をしていた。どうせならそのままどこか行ってほしいけど、諦めずに見えない壁をかじろうとしている。
そして吹き上がった白い煙は、キン、と金属を打ち鳴らすような音がして止まる。
代わりにそこには、いつのまにかクヴァシルが立っていた。
「え、クヴァシル……?」
「そう僕だよ」
クヴァシルは片手を上げて指先でビシッと空を指した。
「一体どうして」
「君に目印をつけていたからね、リネア様。マルクからさらわれたという話を聞いて、すぐにこの近くまで飛んできたんだ」
「飛んで……」
多分魔法なんだと思う。
それを証明するように、クヴァシルは懐からガラスで作ったような花束を取り出した。
「まさかそれは」
「全部聖花だよ? パトロンが使っていいって言うからね。今日は大盤振る舞いするよ!」
街中の物売りみたいな景気のいいことを言い、クヴァシルは中の一本を取り出して、宙にかざす。
「来よ、太陽の使者。炎熱の精霊よ」
芝居がかった仕草でそう言うと、花を蛇に向ける。
とたんに、蛇が炎の柱に包まれた。
ごうごうとうなる炎の柱は螺旋を描き、中にいる蛇が見る間に苦しみに変わっていった。
……なんだか鶏肉が焼けるようなにおいがするわ。その元が魔獣だと思うと、微妙な気持ちになるわね。
すぐに燃え尽きて、蛇の魔獣だったものは、黒い炭の山に変わり果てた。
「これが魔法……」
何かを攻撃する魔法を初めて見たけれど、とんでもない威力だ。戦争に使われたら、戦局を覆すというのもうなずける。
「やあ、たぶん命に別状はないと思ったけど、助けに来たよリネア様」
恐ろしい魔法を使った本人は、ものすごく軽い調子でそんなことを言う。