そしてソレが姿を現した
混乱した表情ながらも、ミシェリアは口を押さえたものの、しばらくして座り込む。
でも倒れているわけじゃない。少し吸って、いくらかしびれただけだと思う。
私も同じように、座って見せた。
そんなミシェリアと私の姿に、エレナは高笑いする。
その時、おかしな物音が聞こえた。
とても重たい物を、引きずるような音だ。
同時に、さっと周囲が寒くなる。
周囲の地面も、うっすらと粉砂糖をまぶしたように白い。霜が降りているように見えるし、木々の緑の葉もどことなく白くなった。
こんなこと、魔法かスキルでもない限り、できない。
――ゴァァァ。
やがて、低い猛獣の呻き声のようなものが聞こえて、エレナ達の後方に声の主が姿を現した。
「……蛇?」
伸び上がったその頭は、木よりも上に出ている。ずるずると移動するたび、地面を先ほど聞いたのと同じ音がした。
「ひぃっ……」
ミシェリアは目を見開いて絶句していた。
私は顔がこわばるのを感じる。
これは……魔獣だ。
魔法のような力を使う、普通ではない生き物。
でもなぜ、こんな王都の近くに?
答えは、自分の願いが叶うことに気を良くしたエレナが、ミシェリアに語った。
「安心して。アルベルト様にも、あなたはこの魔獣に食べられた、と教えてあげる。だってあれをここに隠したのは、アルベルト様の父。そして秘密を知っていると明かせば、あの方は私の靴を舐めてくれるぐらいに従順になってくれるでしょう」
「あ……」
ここに、王宮で聞いた話が繋がった。
ミシェリアの父は、魔獣を隠し育てていた。
ヘルクヴィスト伯爵はそれを知っていて、おこぼれに預かろうと近づき、アルベルトとミシェリアを婚約させたのね。
でもアレリード伯爵家がつぶされそうになって、ヘルクヴィスト伯爵はどうせならと魔獣を一匹捕獲。
もしかしてわざわざ評判の悪いエルヴァスティ伯爵に借金を申し込んだのは、うちの父もそのことを知っていると感づいていたから?
エルヴァスティ伯爵がお金貸して、未だにヘルクヴィスト伯爵が潰されずにいるのも、その秘密を共有しているから?
だけどいつか捨てられることを恐れて、ヘルクヴィスト伯爵は婚約も要求したのではないかしら。
って、そんな考察の前にあれを何とかしなくては!
スキルをなるべく人に知られずに、逃げる方法を考える私をよそに、エレナはミシェリアに言う。
「でも、元々あの魔獣を育てていたのは、あなたの父親ですものね。清廉潔白なふりをしつつ、魔獣を飼っていたなんて、何をたくらんでいたんだか」
「違う、違う。お父様は魔獣なんて育ててない!」
「残念ながら、本当のことなのよねぇ。でも娘がその餌になるなんて、皮肉なものよね?」
立ち去ろうとしたエレナは、振り返って二人の従者に命じた。
「ああ、リネアとその平民娘が死んだ証拠を残しておいてね。手の一本とかでいいわ。全部食べられてしまったら、アルベルト様に死んだと言っても信じないでしょうし。その後は、時間が来たら森の奥に引き返させるから、あなたは逃げていらっしゃい?」
笑いながら、エレナは近くに置いていた馬車に乗っていなくなる。
付き従っていた他の男達は、エレナ嬢と違っていつ襲われるのかわからず、怯えてものすごい早さで馬車を追いかけて走った。
取り残されたのは、私と震えて動けないミシェリア、そしてエレナ嬢の従者が二人。
この従者達も、何らかの魔獣に襲われない方法を知っているんでしょう。でなければ、エレナ嬢があんなことを命じるわけもない。
たぶんミシェリアの父が飼育できたのも、その方法を知っていたからだろうし、アルベルトの父が魔獣をここへ移動させるのにも使っているはず。
その方法がわかれば……と思うが、死んだような表情の金の髪の従者にも、エレナ嬢の言うことを実行しようと、早々にナイフを取り出した黒髪の従者も、普通に尋ねたところで答えてもらえる気がしない。
どうしようかと思っているうちに、黒髪の従者が早々にこちらを狙って来た。
「…………弾け」
私は自分の周囲を大きく覆う壁を想像する。
黒髪の従者は、見えない壁にぶつかって、派手にその場に転んだ。ナイフも取り落としてしまい、信じられないといった表情でリネアを見ている。
目を見開いているのは、金の髪の従者も、ミシェリアも同じだ。
自分の身を守るには仕方のない選択だったけれど、私はため息をつきたくなる。
この後は、どうやってこの三人を口止めするか考えなくてはならない。エレナ嬢に知られる前に……。
「あっ……と」
ポヤポヤしてる間に、とうとう蛇の魔獣が間近に迫ってきていた。
従者達はこれまでかと思ったのか、早々に私達の元から離れる。
蛇は、従者達の方を追いかけず、私とミシェリアに迫ってくる。
大きく息を吸って、真っ白な氷の息を吹き付けた。
ミシェリアは痺れていて動けない。
「ブロック!」
私は氷の息が触れないようにスキルを発動する。そうしながら、蛇に向かって進み出た。
おかげで私を中心とした半径五メートルくらいだけが、土の色が残っていて、周囲は水晶の結晶のような氷が突き立つ、幻想的な風景に変わっていた。