過去の事件の真実の一端
……そんなにも好きなのね。
自分の手を汚すほど。
それを知って、私は妙にすがすがしい気分になった。
一心に恋しているのなら、彼女の行動も納得できる。
今までは、貴族の立場を失ったから、アルベルトという糸にすがりついているのだと思っていた。そこしか、貴族らしい生活を取り戻す方法がないから。
でも本当にアルベルトのことが好きなら、どうにか私は、彼のことなどなんとも思っていないと伝えたくなる。
実の父がしたことで恨まれてはいるけれど、アルベルトのことは私のせいではないから。
考えて、ミシェリアが一歩を踏み出した時、私は言った。
「愛人のままでもいいの?」
ミシェリアは「何を言っているの」という表情をしている。
「アルベルトの方は、あなたを甘く見ている。貴族の立場も捨てたくない。家が傾くのも嫌。だから私がいなくなったとしても、きっと家を援助してくれる別な貴族令嬢と結婚するでしょう。あなたではないわ。……あなたのことは好みかもしれないけれど、結婚なんて考えていない。そんなずるい人よ」
「そんなの……そんなの!」
「わかっていると思うけど。あなたの本当の望みは違う。その望みを持っている限り、あなたは次々とアルベルトと婚約する人や結婚した相手を恨み続けなければならない。それをアルベルトに追及して、二人でどうするのか考えるべきではないかと思うの。もしあなた達が、お互いを愛しているのなら」
正直アルベルトはヘタレである。
父親の言うことに逆らう気概もない。貴族の生活も捨てたくない。
何より悪いのは、父親を説得してミシェリアをどこかの貴族の養女にして、結婚するという道を選ぶ気も全くない。努力して何かを勝ち取ろうとしないのだ。
立場が弱い、誰からも嫌われてる人間には強く出られるけれど、他の人に対しては自分の願いを堂々と言うこともできない。
「アルベルトに話したらいいわ。自分の家を援助できる、娘が欲しい家なんて探せばあるはず。お金を持っている成り上りの家でもいい。そこの養女になれば、結婚だって夢ではないはずよ」
「え……」
ミシェリアは呆然とした顔で、私を見る。私に向けられていた短剣の切っ先が下がった。
「なんで……。どうしてあなたが、私の後押しをするようなことを言うの」
ミシェリアは、真面目に自分達の関係を考えた私の発言に、驚いたらしい。
だからわかりやすく、私は答えた。
「私はあの人が嫌い。だから早く引き取ってほしいだけ」
ただし、この状況にミシェリアは戸惑いがあるみたいだ。
「でも……どうやって逃げたら」
方法はあるけれど、さてどうしたものか。
私は自分に恨みを持っていなくても、さすがにミシェリアに自分のスキルを教えたくはない。
隠す方法を考えていると、少し離れた場所で私達を見ていたエレナ嬢がわなわなと震え始める。
「リネア・エルヴァスティ……」
地の底を這うような声で名前を呼ばれる。
「いつもいつも邪魔をして。同じようにアレリード伯爵家を排除したのは、オーグレン公爵家も同じなのに。なぜあなたがアルベルト様を手に入れて、私が手に入れられなかったの。公爵令嬢である私が優先されるべきなのに!」
エレナ嬢の発言は、予想外の事実を含んでいた。
――え?
まさかと思うけどこういうこと?
ミシェリアの家を没落させるために、うちの父だけではなくエレナ嬢の家も関与していたということ? 何のために?
その時ふと、私はひらめく。
――侵略させるため。
いくらあちこちの家の弱みを握ったり、陥れて資産を増やしたとはいえ、侵略の手引きをできるほどのものではないはず。なぜなら伯爵家と言いながらも、エルヴァスティ伯爵家は領地は猫の額ほど。
先代の時期に借金を重ねたせいで、領地の大部分を手放してしまっていたから。
何よりエルヴァスティ伯爵家は嫌われすぎている。
恨んでいる者達は、少しでも隙を見つけようとするだろうし、目についた途端に攻撃するだろう。
侵略の計画を進めたり、隣国とやり取りをしていたら、すぐに露見してしまいそうだ。
でもそうはならない予定だ。
私が見た未来の夢の通りになるなら、父はピンピンしていたし。
理由を考えたら、協力者がいたと考えるのが自然だろう。
オーグレン公爵家なら、隠れ蓑に使える。
そしてエレナ嬢を見ている限り、その父親の公爵だって、かなり自分こそが一番だという考えを持っているそうだし、ラース様よりも高い王位継承権を持っていないことに、イライラしているかもしれない。
動機なら色々と思いつくのよね。
一方で私の実父もこれを利用しようと考えたのかもしれない、と思う。
上手く計略に乗せて、協力をさせたら、オーグレン公爵家は侵略の最中に潰してしまえばいいのだ。多分うちの父ならやれる。
どういう方法を使うのかは想像もできないけれど。
あのあくどいことを考えるのだけは天下一品のエルヴァスティ伯爵なら、雑作もないに違いない。
新たな真実を見つけたことに驚いている私に、エレナ嬢は指を突きつける。
「もういいわ。もう一度あの薬を使って。早々に餌食にしてしまいなさい」
暗い表情をしたままの金の髪の従者が、何かの粉をばらまく。
「息止めて!」
私は自分をブロックスキルで守りつつ、ミシェリアに言った。