誘拐劇の意味は
このままでは逃げようがないし、スキルのことを知られるのも嫌だ。
どうせなら、こんなことをした出来が誰であるのか暴きたい。
二つの目的を果たすため、私は目を閉じる。
誰かが近づいて来た。足音がする。
「予定通りだ。二人とも運べ」
応じる声と共に、私は布の担架のようなものに乗せられて移動し、硬い木の上に転がされた。手足がしびれているせいで、触られているとうめき声をあげたくなったけれど、なんとか我慢した。
もう一つ物音がしたので、ミシェリアも同じように移動させられたんだろう。
やがてガタガタと揺れながら、私が乗った何かは動き出したので、多分馬車なのだと思う。
どこへ連れて行かれるのか……。
うっすら目を開けて確認しても、布に包まれているせいで何も見えない。
すぐ近くに人がいた場合、布をはいだ途端に私が眠っていないことがばれてしまう。痺れた体でその状況に陥るのはあまりよろしくない。
何より自分を誘拐する者達に、最後の切り札でもあるスキルのことを知られたくないのだ。
ただし、すぐに刺し殺されたりするのを警戒して、自分の体から爪の先ぐらいの距離には、何も触れられないようにスキルを発動してみる。
あれ? 少し体が浮いた気がするわ。
馬車も拒否対象になったらしく、私の体が浮く。おかげで木の板に振動が起きるたびにゴツゴツ当たるのを避けられるようになった。思わぬ副産物だ。
やがて馬車が止まるまで、とても時間がかかった。
少し眠りそうになったくらい。
「目を覚まさせなさい」
ん……? ものすごく聞いたことがある声ね。
まさかエレナ嬢?
「目を覚まさせる薬はないの? あるんでしょう? じっくりと恐怖を感じさせながら殺したいから、と言ってたはずだけど」
この高飛車な話し方、理不尽な言葉の内容、どれをとってもエレナ嬢らしい。
「少しお待ちください。すぐ効果があるとは限りませんが……」
その言葉の後、私は馬車から下ろされた。極薄くブロックスキルで接触を拒否したままでいたけれど、相手には気づかれなかったみたいだ。
それからふと、シナモンにも似た強い匂いが鼻をくすぐる。
目を覚まさせるものだから、そう悪い薬ではないはず。むしろ解毒薬ではないだろうか。
危なかったらすぐにブロックしようと思いつつ、そっと嗅いでみる。
あ、やったわ。しびれの方も良くなった。やっぱり解毒薬だったみたい。
「う……」
すぐ隣でうめき声がした。ミシェリアも目を覚ましたようだ。
私も起きた演技をしなくてはならない。
まずはうっすらと目を開ける。
覆っていた布は取り去られて、緑の葉が茂る木々が見える。と言うか、視線を移しても木ばかり。
ここは森だろうか?
私とミシェリアの近くには、そろいの緑の上着を身に付けた青年が二人。ミシェリアを誘拐しようとしたのと同じ男達の姿もある。
私より先に、ミシェリアが起き上がる。そして悲鳴のような声を上げた。
「エレナ様、どうして!」
あ、やっぱりあの声の主はエレナ嬢だった。
「私は誘い出すだけだと聞いていたのに! 騙したんですか!?」
「騙しただなんて言いがかりをつけられても困るわ。誘い出すだけなのは本当だったでしょうに。気絶させてここまで運んだのも、全て私が手配したことだもの」
「私まで巻き込まれるだなんて聞いていません! 帰らせてもらいます」
ミシェリアはふらふらとしながら立ち上がったが、すぐに誘拐犯をしていた男に羽交い絞めにされる。
「やだ、放して!」
そんなミシェリアの様子をエレナ嬢が笑う。
「いやね、あなたも一緒に始末することを伝え忘れていただけじゃないの」
「なんで……」
「アルベルト様の側にいつまでもまとわりつく羽虫を、放置するわけがないでしょう?」
聞く限り、ミシェリアは私を殺す陰謀の片棒を担ごうとして、騙されたみたいだ。
エレナの方は一緒に始末したかったらしい。
アルベルトを独り占めにしたいエレナ嬢なら、そう考えるのが自然だろう。とても迷惑だけど。
でもその時、エレナ嬢がとんでもないことを言い出す。
「ひとつだけ、条件を満たせばあなたを見逃してもいいわ……。そこにいるリネアを殺しなさい」
「ちょっ」
私は慌てて起き上がった。
それとほぼ同時に、エレナ嬢の従者がミシェリアの前に短剣を投げた。
足元に転がった短剣を見つめたミシェリアは、私をじっと見て、それからゆっくりと短剣を拾い上げる。
ミシェリアはやる気みたい。
エレナは満面の笑みを浮かべている。
「実行できたらもう一つご褒美をあげてもいいわ。あなたがリネアを殺したことは私達の秘密にしてあげる。黙っていれば、そんな恐ろしいことをした娘だと思わず、アルベルト様もまだあなたに構ってくれるでしょう。目立たず騒がないなら、愛人になるくらいなら、見逃してあげるわ」
ミシェリアは短剣の鞘を払った。
立ち上がった私を見据える。
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