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絵画と不審な訪問者

 あのパーティーから一週間後、私はラース様と一緒にグランド侯爵のお茶会に出席していた。


 グランド侯爵は、王宮のパーティーで会った人だ。

 珍しそうに私に話しかけてくれたのだけど、びっくりなことに話が合った。

 グランド侯爵は聖花菓子が好きな人だったのだ。


 それが高じて、聖花の絵を集めているらしい。

 その聖花の絵をたくさん飾っている部屋でお茶会をするという話を聞いて、是非参加したいと言ったら、招待状がすぐにやってきたのだ。


「たくさん聖花の絵が見られるというのが、とても嬉しいですね」


 出発の前からラース様はわくわく顔だ。研究のきっかけが何であれ、聖花のことは大好きなようだ。

 研究意欲も触発されて、スケッチをしたいと紙まで持って行こうとしていた。


「後日、お借りしたらよろしいのでは?」


 従者のマルクに進言され、


「そうですね。そうしましょうか」


 納得して持って行くのはやめたようだ。

 お茶会の間中スケッチをし続けるのはどうかと思っていたので、私はちょっとほっとしている。


 古い家柄のグランド侯爵家の館は、王都の王宮に程近い場所にあった。

 敷地こそそれほど広くとってはいないけれども、年数を重ねて味がある煉瓦造りの館は、スヴァルド公爵家と同じぐらい大きい。


 広間の一室に案内されると、ラース様は目を輝かせた。

 私も沢山の聖花の絵を見るのは初めてで、勧められるまま一つ一つ絵を鑑賞させてもらった。


「これはすごいですね。私が見たことのない聖花もあるようですよ」


 ラース様にそう言われて、中年のひょろっとした体型のグランド侯爵も、大変興奮した様子で熱心に説明をしていた。


「何せ体が丈夫ではなかったものですから、自分で見に行くことができないんですよ。それで体力のある絵描きに見に行かせて、描かせた絵を買い取っているんです」


 ちょっと変わった画家のパトロンだ。でも肖像画を書くため呼び寄せるのと、似たようなものかしら。行く場所が過酷だけれど。


「たしかにこれは、体力がある画家でなければ見に行けないものばかりですね」


 思わずつぶやいてしまう。

 私の前にあるのは、崖に咲き乱れる聖花の花畑の絵だ。

 この崖がある場所まで行くのが、大変だろう。周囲の風景から察するに、山奥のようだ。


 少し眺めている間に、他の参加者がやってきた。

 それでも全員で十名。小規模のお茶会なので、緊張しすぎず参加できた。

 しかも会話の間が持たなくても、絵を見ていればなんとかなる。


 そもそも聖花の絵が興味深くて、その話題だけであっという間に時間が過ぎていった。

 お茶会なので、たしかにお茶を飲んでいたのだけど、そちらより絵の方が印象深い。

 私は何人かの方に、また会いましょうと言ってもらい、嬉しい気分で会を後にすることができた。


「ではまた、程よい時に鑑賞会を設けましょう」


 グランド侯爵のその言葉で、今日のお茶会は終わった。

 そうして皆が引き上げようとしていた時だった。

 とても難しい表情で、中年の家令が侯爵に何かを耳打ちしていた。何か問題があったのかしら。


 話を聞いた侯爵が、私達の方へやってくる。

 視線はラース様に向けられていたので、彼に用事があるらしい。


「申し訳ございませんスヴァルド公爵。あなたを訪ねて、招かれざる客が来ているようなのです。ただ非礼な行いをしているわけではなく、出てきた時に話をしたいということで、門の外で待っているようなのです」


 侯爵家の家令は、貴族の車が門の外に堂々と停まっているので、お茶会の客かと思ったらしい。

 それにしては変だと、従僕に様子を伺わせたのだ。

 すると馬車に付き従っていた従僕が、主人はスヴァルド公爵にお会いしたくて待っているのだと言われたそうだ。


「そのお客というのは?」


「ヘルクヴィスト伯爵子息のアルベルト様だそうで」


 名前を聞いて私は思わず顔をしかめてしまう。

 彼に迷惑をかけられた事については記憶に新しい。因縁のある相手が、ラース様に、手紙や直接訪問することなく接触しようとしているのだ。


 何かおかしな物言いをつけに来たのではないだろうか。

 警戒心が湧くものの、たしかにグランド侯爵の言うとおり、非常識なことをしているわけではない。

 たまたま馬車があるのを見かけて、ほんの少し話をしたいと思って待つ、というのはありうることだからだ。


 ラース様はしばらく考えて答えた。


「……少し話をしてみましょうか。用事は私の方にあると言っていたのですよね?」


「はい。そのようです」


 ラース様は私を振り返った。


「リネア嬢は、先にお帰りになっていてください」


「あの、もし私のことだったら、私の方からお断りをしますが」


 迷惑をかけたくなくてそう言うと、ラース様は私の頭を一撫でして微笑んだ。


「心配なさらないでください。あなたを守ると誓ったのですから、こういうことは私の仕事ですよ」


 そう断られてしまうと、私には反対できない。せめてと申し上げる。


「では、アシェル様と一緒にお話を聞くようにしてください。万が一のためにも」


 先日のヘルクヴィスト伯爵のやりようを考えると、どこかにならずものを潜ませておいて、ラース様に危害を加える可能性だってあるのだ。


「あなたに安心させるために、そのようにしましょう。マルクだけをつけて帰すのは少々心配ですが……」


 そこは問題ないと私は思っている。

 何せ私には誰も触れられない。場合によってはマルクの方が危険なぐらいだ。そういうことがあったらマルクには応援を呼ぶために私の側から離れてもらった方がいい。

 なんてことを考えつつ、私は明るい表情で言った。


「大丈夫です。私、結構しぶといですから」


「仕方ないですね」


 ラース様が折れて、話がつく。

 その時ようやく、グランド侯爵がちょっと頬を赤らめてこちらを見ていることに気付いた。


 あ、ラース様が私の頭を撫でたせい?

 今度からは、あまり外ではそういうことをしないように、ラース様にお願いしなくては。

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