この夢は何?
幸いだったのは、まだ夜が明ける前だったこと。
またしてもカティを驚かせ、二人で悲鳴を上げるようなことにならなくて良かった。
私は胸を撫で下ろしてから、先ほどまでの夢について考える。
「ずいぶんと詳細な……」
あまりにも細かなことまで設定された夢だった。自分の脳が眠りの中で作り出したとは思えないほど。
「あの召使いが救国の乙女とか……。魔術が使えるなら、そういうこともあるかもしれないけど」
魔術が使える者はなかなかいない。魔術師ギルドが平民の素質ある子供を育て、魔術を教え込んでいるのも、数少ない素質を持つ者を、一人でも魔術師にして、その知識を継承させ、広く人の役に立てるためだ。
そんな建前があるので、魔術師ギルドの人間は戦争には使えない。
一方で、貴族が素質を持っていて、独自に魔術を使えるようになった場合。ギルドから知識を授けてもらえない代わりに、戦争に参加しても目こぼしされる。
もしあの召使いがそうだったとしたら、どうだろう。
たしか没落貴族の娘だったはず……。
「救国の乙女……?」
夢の中ではそう呼ばれていた。どこかで聞いたような……と考えて、すぐに思い当たる。
昨日の夢だ。
「え、ちょっと待って」
今日の私は、隣国で捕まっているらしき様子だった。しかも私は実際に行動していないのに、全て私が目論んだと言われていたのだ。
結果、あの召使いのとりなしにもならない発言で、幽閉ということになったらしいけれど。
「牢の中に……ずっと……って、昨日の夢がその続きみたいではないの?」
牢に入れられるのなら、自分があんな状況になってもおかしくはない。
母国に連れ帰られて、牢に向かっている途中だった……とか。
それに『救国の乙女』という単語も一致している。
昨日の夢の影響だったとしても、私はなぜ、昨日はそんな単語を思い浮かべるような夢を見たのかという疑問がある。
英雄譚や聖女の物語など、最近はとんと読んでいないのに。
考えていると、扉がノックされた。
「起きているわ」
答えると、カティがそっと部屋に入って来た。
「おはようございますお嬢様。洗顔用のお水とお茶をお運びしました」
カティは寝台近くの小さなテーブルに、銀色のボウルを二つ並べる。
一つは洗顔用の水。もう一つは肌にいいという薔薇水だ。
顔を洗った上で、甘くいい香りがする薔薇水を肌になじませる。
カティが差し出す布で拭いた後は、一度お茶を飲んで息をつく。その間にカティは洗顔の水を片付けて、ドレスの支度を始めるのだ。
「お嬢様。本日お召しになるドレスは何になさいますか?」
「……紺色の物があったでしょう。いくつか持ってきてみて」
犯罪者扱いされた夢を見た後は、どうしても明るいものを着る気になれない。なので、昨日とは違うものの、やはり暗い色をカティに指定した。
カティは黙って従う。昨日のことがあるので、私が意見を曲げないだろうと予測したんだろう。
そうしてお茶を飲み終わる頃、カティは寝台に三つのドレスを広げてみせる。
「真ん中の、白いレースが美しいドレスが一番お嬢様にはお似合いかと存じます」
そんな美辞麗句を口にしてくれて、なんだか悪い気がしたのだけど、私は一番左端のドレスを選ぶ。
「今日は少し寒いみたいだし。乗馬をしてくるつもりだから、そちらでいいいわ」
あまり胸元が開いていないドレスを選ぶ。でもこちらも袖やドレスの裾などにクリーム色のレースが使われているのもあって、カティは反対しなかった。
胸元やスカートに配された布の花には赤やピンクの色がまざっていて、それほど暗く見えなかったからだろう。
昨日よりはマシ、と思われたのではないかしら。
そうして私の支度が終わり、カティは一度退出しようとした。けれど私は彼女を呼び止める。
「カティ、あなたに聞きたいのだけど……」
「なんでございましょう?」
きょとんとした表情のカティに、私はためらいつつも尋ねた。
「市井ではその……。有名な救国の物語みたいなのはあるのかしら? 女性が主人公の……」
こんなことを聞いたのは他でもない。
今日の夢が昨日の続きだったこと。二度も『救国の乙女』なんて単語が出てきたことで、気になったのだ。
……まるで、劇の悪役みたいだ。
……救国の乙女を殺そうとしたんだって?
夢の中のこの言葉が頭のなかをちらつく。
その原因は、夢の中の私の記憶があまりに詳細だったことだ。現実に近すぎて、本当に起こり得ることだったら……と不安になった。
だから確かめたかった。
もし救国の乙女が出て来る劇が、庶民の間で流行ってすらいなかったら。これは私の夢が作り出した幻だから、ただ悪夢を見たと思って、今後は忘れる。
でもそんな劇か、物語があるとしたら?
あの夢は、予言か何かではないの?
だとしたら私は……いずれ牢に入れられて、一生幽閉されるの?
カティは内心で怯える私に、素直に答えた。
「お嬢様は、庶民の娯楽にもお詳しいのですね。最近は貸本屋で一番人気の小説だそうですよ」
「…………っ!」
ひぃっと悲鳴を上げるところだった。あまりに不審な態度すぎるので、必死にこらえたけれど。
でもショックすぎて、言葉が出てこない。
すぐに何か言わないと……。話題を振ったのは私なのに反応がないのはおかしいし。使用人相手だから、「あらそう」と言って終わらせてもいいのだけど。私、ずっとカティにそんな対応はしてこなかったし。
でもなんて言えばいいの? 「ええそうなのよ、おほほ」とでも誤魔化す?
(だめよ。それじゃ話が終わってしまうわ。できれば物語の中身が知りたいのに)
夢の中の自分と、婚約者の浮気相手の状況に近いことが書かれているという物語だ。
読めば参考になるかもしれない。
(あの夢が聖花の見せた未来だったら……絶対に私は幽閉なんてされたくない。そのためには夢を検証し、物語を読んで中身を理解しなくては)
幽閉される未来が待っている可能性があるなら、回避する努力をしよう。
私はごくりと唾を飲み込み、カティに言った。
「その本……私も見てみたいわ。その……借りることは……できる?」
「はい。貸本屋へ行く時間がありましたら、返さなければならない期限を延ばしてまいりますが」
カティは現物を持っているらしい。貸本屋へ返す期限が今日なのだろう。延期させるより、手元に置く方がいいわね。
「それなら本そのものを買うわ。今日はあなたに送り迎えの付き添いを頼むから、その時に本屋へ寄って購入してちょうだい。そうなると……乗馬は取り止めね。あ、学院へ私を送った後で、その貸本屋へ本を返しに行ってもいいわ」
私の言葉に、少し驚きながらカティが答えた。
「しょ、承知いたしましたお嬢様」
「では予定を伝えるから、家政長を呼んで」
これで夢が真実に近いものかどうか、確かめられる。私はほっとしつつ、学院へ行くための支度を続けた。