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閑話 ~エレナの計画~

「本当に馬鹿な人よねリネアは。結婚した後ででも、男が興味を失うほど平民娘の顔に傷をつけるか、始末してしまえばいいのに」


 真の貴婦人は、愛人に対して直接怒りを表すことはない。始末をする方法はいくらでもある。

 そして愛人を囲う夫は、自分の言うことを聞かせられる隙がある人間でしかない。

 利用して、好きなだけ宝飾品に囲まれて暮らす貴婦人は少なくない。


 でも夫が好きで割り切れないのなら、その愛人を秘密裏に始末すればいいだけだ。


 パーティー会場を出て、エレナは王宮から出る。

 用意させていた場所の前には、いつも通りディオルが待機していた。

 エレナは手を差し出す。


「学院へ行くわ。今日あたり、あの話をするのでしょう?」


 エレナを馬車に乗せるため、エスコートをしていたディオルに申し付けた。


「左様でございますお嬢様」


「次の段階に進まなくてはね」


 エレナは学院へ向かう。

 元は離宮だったこともあって、学院は少々遠い。けれどそれでいい。召使いたちの夜は遅いのだ。ひっそりと話をするには、夜中の方がいい。


 学院の中に入る。

 学園の衛兵には、忘れ物をしたと言えばいい。ディオルが金を握らせ、忘れ物など不名誉なことなので黙っているようにと口封じをしていた。


 エレナはそのディオルに案内させて、学院の奥へと進む。

 建物を大きく迂回し、使用人達が使う井戸から少し離れた場所。普段なら貴族しか出入りを許されない庭園。バラの花が終わった場所にいるのは、あの召使いにも多少は危機を回避する思考力があるのかもしれない。


 花が終わったバラの生垣の中、小さな芝生の上で、二人は並んで座っていた。

 一人はミシェリア。貴族から転落した娘。アルベルトが執着している、エレナにとって目障りな存在だ。


 金の髪は目立つけれど、エレナの髪の色だって美しい白金だ。よく手入れされていて、艶やかで人の目を引くはず。

 それともやはり、顔の造作の問題なのだろうか。


 あの何の力もなさそうな、弱々しい見た目が必要だったのか。

 ミシェリアを見るたびに、エレナは苦々しい気分になる。


 もう一人はエレナの従者レイルズ。ミシェリアよりも濃い金髪の青年だ。取り巻きの令嬢から譲られたのだが、小さな商家の出身だと聞いているが、目端が利くので使いやすい。

 何より顔の造作が美しく、エレナの足を揉むのがとても上手な青年だった。


 自分の物が他人を喜ばせるために使われているのは業腹ものだけど、今回ばかりは計画に必要なことなので仕方がない。

 二人は楽し気に会話をしていたが、気配に気付いた従者レイルズが振り返り、エレナに視線を向ける。

 エレナは彼にうなずいてみせ、予定していた会話を始める。


「……すみません、ミシェリアさん。ひとつあなたには詫びなければならないことがあります」


「なんでしょう?」


  ミシェリアは不思議そうに首を傾げた。


「実は…… 私の主にあなたと会っていることを追求されて……」


「叱責されたのですか?」


 ミシェリアは気の毒そうな表情をする。

 失礼な娘だ。私は何だと思っているのか、とエレナはムカムカとする。

 レイルズは首を横に振った。


「同僚に仕事を押し付けられているあなたのことを話すと、とても同情していらっしゃいました。あと、エルヴァスティ伯爵令嬢についても。主もとても嫌悪感をもっていらしたので、共感したみたいです」


 エレナは鼻で笑いたくなる。平民に共感することなどありえない。油断させるために必要だと言われたけれど、やっぱり不愉快だ。


「それもこれも、目的を達成するためだから」


 自分の気持ちを引き上げるためにつぶやく。


「そうでしたか、オーグレン公爵令嬢が……」


 ミシェリアの方は、レイルズの言葉を信じたようだ。

 そこを見計らって、エレナはわざと足音を立てて現れる。


 ハッと振り返ったミシェリアは、目を丸くして立ち上がった。骨の髄まで、平民としての所作が染み付いているようだ。

 その事に気をよくしたエレナは、自分でも思う以上に優しげな声を出すことができた。


「ごめんなさいね話を聞いてしまって。でもあなたの立場で、あの悪の伯爵家の娘と対峙し続けるのは危険だと思ったものだから……。手助けができればと思って、あなたとお話ができる時間に来てみたの」


「手助けですか? 公爵令嬢様がどうして」


 なのにミシェリアは、少し警戒した表情になる。

 でもいいわ。エレナはそう思う。結果的に自分の思う通りに動いてくれればそれでいいのだから。


「私もエルヴァスティ伯爵令嬢が、気に入らないから。学院で会っても、常に人を見下したような態度をしていることも、人を陥れても何の痛みも感じていないところも、いつも恐ろしく感じていたわ」


 本音を少し混ぜたその言葉に、ミシェリアは納得した表情になる。

 正直なところ恐ろしくはないけれど、公爵令嬢であるエレナに対しても、もっとへりくだるべきなのに反応の悪いところがイライラする。

 何よりもアルベルトを奪ったことが許せない。


 それは目の前にいるこの女も同じことだ。けど、所詮は平民。愛人にしかなれないような女は自分と同列に扱おうと思わないエレナにとって、ミシェリアはアルベルトのそばを飛ぶ羽虫のようなものだ。


「何よりあなたに声をかけようと思ったのは、もしあなたに覚悟があるのなら、あの女を永久に遠ざける方法を教えようと思って」


「永久に……?」


 最初は戸惑うような表情になったミシェリアだったが、数秒後何かを理解したように目を見開いた。


「まさか、殺……」


「ここではっきりと言ってはいけないわ。ミシェリア・アレリード」


 エレナはミシェリアの言葉を止めさせる。

 ミシェリアは周囲を見回したけれど、エレナは誰かが聞き耳を立てていることを警戒しているのではない。


 はっきり「殺せ」と言ってしまうと、誰かに露見した時に、ミシェリアがエレナにそそのかされたと言うかもしれない。

 でもはっきり口に出していなければ、ミシェリアの勘違いだと言うこともできる。

 そんなこと考えもしないミシェリアの様子に、エレナは内心で笑う。


「実行してくれたら、あなたがどこかの家の養女になれるよう口利きをしてもいいわ」


「え……」


 今一番ミシェリアが欲しいのは、これのはずだ。貴族の令嬢に戻ることができれば、アルベルトの正妻に収まることも可能だ。

 そして同時に、憎いリネアを排除したいのだ。


 レイルズによると、別の貴族の家の養女になったのだから、アルベルトではない人物と結婚して王都から出て行って欲しいと願っているらしいのだ。

 そうすればアルベルトと結婚できなくても、憎いリネアの姿をもう見なくても済むから。


 二つの願いが一気に叶うのだ。

 何よりミシェリアは、アルベルトが自分のことを考えてくれていないのではと焦っている。

 焦りは判断を誤らせるもの。そしてミシェリアは、エレナがアルベルトを欲しがっていることを知らない。


(さあ、この手を取りなさい)


 レイルズに視線を向け、もう一度背中を押させる。


「エレナ様の計画している方法を知ったら、あなたはヘルクヴィスト伯爵子息に対して、秘密を握ることができます。おそらくはご本人も存知ない、伯爵家の秘密を。これを握っていれば、結婚に反対するかもしれないヘルクヴィスト伯爵を簡単に説得することができるでしょう」


「え……」


「けれど本当に重大な秘密なので、おいそれとは明かせません。この計画にうなずいてくれなくては」


 餌の数は足りているはず。

 後はただ待つだけだ。獲物がひっかかるのを。


 そして数秒後、ミシェリアはうなずいた。

 エレナは微笑んでミシェリアに言った。


「大丈夫。あなたにしていただきたいのは、そこへリネアを案内することだけよ」


 それならば簡単だと思ったのだろう、ミシェリアは表情を明るくした。

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[一言] 面白くなってきたじゃない
[一言] さて、どうするつもりなのやら
[気になる点] おバカしかいないことw3人寄れど猿知恵… 親の言いなりなだけのおバカ子息に、恋愛脳のおバカ元令嬢、世界の中心である自分がすべてにおいて正しいと勘違いしてるおバカ令嬢っていう役満 [一言…
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