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閑話 ~アルベルトへ差し伸べられた手1~

 アルベルトは目的の人物を見かけ、足早に近づこうとした。

 けれど横目でそれを見つけた該当人物の仲間が、サッと本人とアルベルトの間に割って入り、視界に入れないようにする。

 あげく、他の仲間たちが声を大きくしてしゃべり始めるものだから、アルベルトの声が届かない。


(無視したんじゃないと言い訳をするために、わざわざ仲間まで使ってるんだな。卑怯な女だ)


 その卑怯な女、リネア・エルヴァスティの姿は、一人の青年の背中に隠れて後ろ姿の一部とこげ茶色のあまり見栄えのしない色の髪が見えるだけだ。

 彼女を隠している青年が、とてもアルベルトが率直に声をかけられるような人物ではなかった。


 スヴァルド公爵ラース。

 アルベルトの一つ上だが、すでに公爵家の当主になっている。王族で、王位継承権まで持つ人間で、アルベルトでは太刀打ちできない。

 一体どうやってリネアはこんな人物と交流できるようになったのか。


「どうやって、たらしこんだ……」


 リネアにできることといったら、それぐらいしか思いつかない。容姿だけはまだ見られるものなのだ。

 そもそもあの悪名高いエルヴァスティ伯爵の娘であるというだけで、誰もが顔を背けるはずなのに、なぜ公爵は彼女に近づいたのか。


「あの方、うまくやりましたわね」


 その時アルベルトに、顔見知りの男爵婦人が近づいてきた。

 父の友人が彼女の夫なのだ。今日は王宮のパーティーに呼ばれていたらしい。若い男が大好きな困った人だが、何かと情報をくれるのでアルベルトは無下にしないことにしている。


「もしかするとスヴァルド公爵が彼女を気に入って、婚約するために、評判の悪い家の娘ではない、という背景を用意してあげたのかもしれませんわね」


「どうやって取り入ったのだか……」


 舌打ちしそうなアルベルトに男爵夫人が笑う。


「女性の武器か、それとも実の父親のお金か、そのような所だとは思うのですけどね。ただ神殿と縁が深い家が養子先ですからね。あの家が、不品行な娘を受け入れるとは思えないのですよ。だからほら」


 男爵夫人がいたずらっぽい顔をして耳に手を当てる。

 周囲の声を聞けというのだろう。

 もう十分に聞いたアルベルトは、自然と嫌そうな表情になってしまう。


 やれ、高潔なレーディン伯爵が養女にしたのだから、本当は心根の美しい娘なのかもしれない、なんて話が聞こえてきたのだ。

 スヴァルド公爵が自分の取り巻きを紹介しているのだから、自分の懐に入れるつもりなのは間違いない。


 そもそもスヴァルド公爵は、エルヴァスティ伯爵を避けていたはず。なのに彼女を援助するのだから、冷遇されていたという噂は本当なのかもしれない。

 すべてリネアに都合のいい意見ばかりだ。


「公爵閣下も人を見抜く目をお持ちの方です。だからほら、あなたのお父様には近づかないでしょう?」


「……特にあくどい人間ではないと思うのですが」


 反応すると男爵夫人がクスクスと笑い出した。


「借金で首が回らなくなりそうになる以前から、お金の匂いがするところにあちこち顔を突っ込んでいた方ですもの。清廉潔白なわけがないでしょ?」


「失礼。少し酔ったようなので風に当たってきます」


 アルベルトは不愉快さから、よくある断り文句を口にして男爵夫人から離れた。


「本当に失礼な女だ」


 自分の父が清廉潔白だとは思っていない。だが公爵に避けられるほど評判が悪くなるようなことはしていないはずだ。


「全部金が。金が悪いんだ。元はといえば、領地の立地が悪いだけで」


 アルベルトの父の借金は、最初は水害にあった領地の立て直しのため、治水のために抱えたものだった。

 そこが転落の始まりだった。


 ちょうどその頃に、銅鉱産の鉱脈が尽きてしまった。

 新たな鉱脈を見つけなければ。そのために資金を集めたものの、鉱脈は見つからず、それ以上資金を集めるあてがなくなってしまった。


 ならばとにかく農業に力を入れるしかない。

 そのための事業費を求めたものの、産業はそれほど活発ではない。となればどこからかまた借金をするしかないのに、鉱脈の一件であちこちに声をかけたために、もう借りられるあてはなかった。


 だから仕方なく、エルヴァスティ伯爵に頼むしかなかったのだ。

 代わりに受け入れたのが、一人娘のリネアとの婚約。

 そのつい先頃に、いつか結婚すると信じていた可愛らしい婚約者の家が没落してしまったこともあって、アルベルトは受け入れるしかなかった。


 ただ最初から嫌な予感はしていたのだ。

 自分の婚約が駄目になった直後のことだったから、リネアがアルベルトとの結婚を望んで、そのためにミシェリアのアレリード伯爵家が、エルヴァスティ伯爵によって潰されたのではないかという疑いを持っていた。


 それを肯定したのは、再会したミシェリアだ。


「あなたと結婚したがったリネアのために、私の家は潰されたんだわ」


 そう言って涙をこぼすミシェリアに、アルベルトは心底同情したし、彼女がもう婚約者ではなくなったことを、残念に思った。

 それから会えば会うほど、再びミシェリアに惹かれていく。

 悪辣なリネアよりも、愛想が良く可愛らしく、何よりもアルベルトを穏やかな気持ちにさせてくれる。


 けれど彼女は平民になってしまった。

 何より、エルヴァスティ伯爵からの借金を返さない限り、ミシェリアと結婚することなど不可能だ。


 パーティー会場を出て、庭に降りた所で、アルベルトはため息をつく。

 せっかくリネアが別の家の娘になったのなら、婚約を解消するのにうってつけなのに、父親は何としても婚約を継続しろとアルベルトせっつくのだ。


 他家の娘であっても、エルヴァスティ伯爵の血が流れていることには変わりない。借金の返済を待ってもらうためにも、婚約の継続は絶対に必要だというのだ。

 とにかく一度確約を取っておけと言われて、仕方なくリネアと話そうと思っても、スヴァルド公爵達に阻まれる。


「どうしろというんだ。いっそあの女がいなければ……」


 そうつぶやいてしまった時だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  ちょうどその頃に、銅鉱産の鉱脈が尽きてしまった。 の銅鉱産は銅鉱山なのでは?
[一言] 更新ありがとうございます。 この先も気になってヤキモキしています。 誤字ご連絡です。 ちょうどその頃に、銅鉱産の鉱脈が尽きてしまった →銅鉱山の鉱脈
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