王妃様との会話は無事にやり過ごせそうです
「あら緊張しているのかしら?」
「その、以前の父の元ではあまりパーティーに出席することもなく、慣れておりません。粗相をしないようにと思うと、どうしても緊張してしまいます」
「でも家で、何かしらパーティーを開くでしょう?」
「滅多にありませんでした」
私の言葉に続けて、ラース様が補足してくれる。
「伯爵は娘の誕生日すらパーティーをなかなか開かないそうですよ。成人の年だけ、ささやかなものを行ったようですが」
それを聞いた王妃殿下は、私に関する噂を思い出したようだ。
「……あなたもしかして、血の繋がりがないという噂は本当?」
「残念ながら、間違いなくあれは実の父親です」
王妃殿下はものすごく気の毒そうな表情になった。誰だってあの父は荷が重いだろう。
「取り上げた産婆から、直接受け取ったのは母方の叔父でした。ですから間違いのないことです」
これに関しては、少しだけ母が別の人を愛してしまったという話を望んでしまいそうになる……。本当の父親ではない方が、愛情がかけらもない理由に納得がいくから。
でも母は身持ちの固い人だったという話なので、ありえない。
「そのような話をするために、こちらに呼んだのですか?」
ラース様が不思議そうに王妃殿下に尋ねる。
「いえ、興味はあったけれど、そちらが本題ではないわね。リネア・レーディン。あなたが本当に望んでレーディン伯爵の養子になったかを、確認したかったのよ」
王妃殿下の懸念は分かる。
なにせラース様は王位継承権も持っている。実父による陰謀に巻き込まれていないか、心配していたはず。
ラース様が巻き込まれていたら、王家にも影響する。
きっとラース様は先に説明していたと思うけれど、騙されているのではないか、という疑いがどうしても消えなかったのではないかしら。
「だってあなた、レーディン伯爵の館に住んでいないでしょ? ラースの婚約者だと言う噂が出ているのも仕方ないわ。年頃の貴族の当主の家に、適齢期のご令嬢が住んでいるのだもの。どうしてそうなったのかしら?」
王妃殿下は迂遠な質問の仕方で、私とラース様の関係を探ろうとしてきた。
でもこれに関しては、隠すことも多くはない。スキルの話を省けばいいのだから。ただ何を言えばいいかはよくよく考えなければならない。
「僕がお答えしましょう」
ラース様が、その質問を引き受けてくれた。
「彼女は少々難しい立場になっていました。父親に冷遇されているのに、先日から訳の分からない呪いにかけられてしまったようで」
ラース様は、私が父にした嘘の話を本当のこととして語るつもりみたいだ。
「呪い?」
王妃殿下が首をかしげた。隣のコンラード殿下は、半信半疑の表情をしている。
私は少々悲しそうな顔になるよう心がける。信ぴょう性を上げるためだ。
「どこかの魔術士が……おそらくはエルヴァスティ伯爵に恨みを持つ人物の仕業でしょう。それで度々他人の声が聞こえなくなることがあって悩んでいたようですが、それを知った父親が彼女は学院にも行かせず、小さな庶民の家のような別邸に閉じ込めたのです」
「守るような名誉などないくせに」
コンラード殿下がつぶやく。少しこの話を信じ始めているのかもしれない。
私の隣にいるクヴァシルは、愉快な話を聞いた、という表情をしているのだが、おそらく彼は何を聞いてもそんな調子なのだろう。王妃殿下もクヴァシルのことは全く気にしていない。
「それだけでも十分にかわいそうだったのですが、外聞を気にしたエルヴァスティ伯爵が、婚約者の家にも、結婚ができなくなったと伝えたらしく……」
「婚約を解消されてしまったの?」
王妃殿下が心底気の毒そうに私を見る。そうだったら良かったのですが……。
「いいえ、その家はエルヴァスティ伯爵家から借金をしていたらしく、婚約の話が破談になったらすぐにでも返済を迫られると思ったのか、強引に結婚をさせようと彼女を誘拐しようとしたのです」
私に懐疑的な態度だったコンラード殿下も、さすがに驚いた。
「そこまでしたのか……」
「幸い、逃げ出したリネア嬢をすぐ私が街中で保護したので、大事には至りませんでしたが」
「保護したことで、リネア嬢をそのまま匿うことにしたのね」
「その通りです」
王妃殿下の問いに、ラース様はうなずく。
「彼女が、父親の行状のせいで頼れる人がいないことは誰でも知っています。私には、そんなリネア嬢を見捨てることができませんでした」
「あなたは優しい人ですものね……」
話を聞いた王妃殿下は、もう納得したようだ。
しかしコンラード殿下の方は、まだ一抹の疑いを捨てられないようだ。
「全て彼女の狂言だという可能性はないのか?」
「ありえませんね。追いかけられ、捕まりそうになっている現場を見ていますから」
そう言われては引っ込むしかなかったみたいだ。コンラード殿下は黙ってしまう。
「クヴァシル、あなたはもうすでにこのご令嬢と交流があるのね。ラースの話は本当だと思っている?」
尋ねられたクヴァシルは、ニヤリと笑う。
「ちらりとご覧になったでしょう? 彼女が他の貴族の子息や令嬢たちと話をしているところを。きっかけはラースが作ったかもしれませんが、彼女達も好んでリネア嬢と話していたのは感じ取れたと思います。それこそが、彼女がある程度の信用がおける人間だという証拠だと思えませんか?」
クヴァシル……。
はっきりとした言い方ではなかったけれど、クヴァシルは私のことを信頼できる人間だと言ってくれた。それが嬉しくて、私は感動しそうになる。
この間、やたらと口の中がパチパチとして痛いお菓子を食べさせたことは、これでなかったことにしてもいいぐらい。
「あなたやラースがそうまで言うのでしたら、本当なのでしょう」
王妃殿下はようやく納得した。
「リネア嬢、疑って悪かったわ。あなたのこの先に、祝福がありますように」
そう言って王妃殿下は部屋を出て行った。