アレリード伯爵家の秘密
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(ええと……)
私は戸惑う。もしかして力関係的には、王妃殿下やコンラード殿下よりも、ラース様の方が上なのだろうか?
でなければ先生に叱られた生徒みたいな態度をするわけがない。
理由はわからないけれど、お二人がラース様を尊重しているのならば、私のことを無下には扱わないはず。なので少し安心する。
ただ、すぐ近くにコンラード王子の顔が見えるのが、恐ろしい。
何せ彼は、状況によっては私を牢の中に閉じ込めることになる人だ。そして夢の中でいつも怖い顔を向けていた。
あれは夢。
まだ現実にもなっていないのだから、大丈夫と自分に言い聞かせる。
その隣で、クヴァシルが小さく笑う。
「年下に諌められるだなんて、なってないねコンラード殿下? エルヴァスティ伯爵ぐらい、別に怖いものじゃないでしょ? 王子様なんだから」
「お前と一緒にされたくない、クヴァシル。人間社会の理から逸脱している人間だから、そんな呑気にしていられるんだ。そもそもお前達は、あの伯爵にも手を貸しているじゃないか。よくそんなことができるな」
「それこそ世の理から逸脱しているからだよ。僕は貴族の子息である前に、魔術士だからね」
意味ありげなクヴァシルの表情に、私は思う。
レクサンドルの王族という立場は、魔術士としての活動に必要な道具でしかないのだなと。
この不遜な態度からしても、クヴァシルは自分のことをまず魔術士だと考えているんだろう。彼の養父である人物も、おそらく同じ考えをしているに違いない。
そしてレクサンドル王家は、彼らが魔術士として生きていくことを許している。そのためこんな態度を許しているのだ。
時には魔術師達の力を借りなければならない以上、彼らの機嫌を損ねたくない、ということかしら。来るべき時に、なるべく融通を利かせてもらうためにも。
そんな政治的な事を考えつつも、私はクヴァシルの行動に首をかしげる。
もしかして彼は私をかばってくれた? ちょっといい人かもしれない。
「そもそも、王家だって自分に都合がいいから、エルヴァスティ伯爵のやったことを見逃している件もいくつかあるんだし。……アレリード伯爵の没落とかね」
アレリード?
聞き覚えのある名前に、私は目を瞬く。それはミシェリアの家の名前だったはず。
彼女の家の没落に間違いなく私の実父が関わっていて、しかもそれを王家が黙認していたということだろうか。どうしてそんなことに。
私は黙って話の行く末を見守る。
王妃殿下が嫌そうな顔をした。
「あれはアレリード伯爵家が問題を起こしたのですよ。魔獣など飼っているから」
ままま魔獣!?
叫ぶのだけは何とか避けられた。唇を引き結んで耐えながら、私は事実に驚いていた。
魔法の力を持つ、身の丈は人の二倍、三倍はあると言う獣。
その姿は、猿であったり、犬であったり、馬やトカゲであったりと様々だ。
魔獣はどうやって発生したのか、未だに真実は分かっていない。ただ魔術士たちがまだ世界の戦と関わっていた頃に発生したので、魔術士が関わって生み出された生物だと言われている。
魔獣が最近出現したと言われるのは、フォルシアン王国だ。
かの国が、隣国リオグラード王国に併合されるきっかけが、魔獣の出没によってフォルシアン王国が荒れ、数多くの騎士や兵士たちが亡くなったせいだと言われている。またそれが、リオグラード王国の陰謀であったとも、ささやかれている。
そんな魔獣をアレリード伯爵家が飼っていただなんて。
「たまたま領地の中に咲くようになった聖花を食べており、おとなしかったと言っていましたが。いつ何時、我が国の国土を損なうきっかけとなるか分かりません。そんな魔獣がいることすら、アレリード伯爵家は申告しませんでした」
もう王妃殿下はため息をつく。
「そんな家に、借金で立ち行かなくなったとはいえ援助などできません。国としては魔獣がいたことすら隠したかったので、乗じて他の理由をつけてでも潰してしまう他に方法がなかったのです」
アレリード伯爵家が他国との交易で国王の不興を買ったとか、その辺りは王家が伯爵家を潰す理由としてでっちあげたものなのだろう。
「だとしても、一度はエルヴァスティ伯爵家を利用したのですから、悪者にだけするわけにはいかないでしょうね。対外的にはさておき、こういった私的な場ならば」
ラース様の言葉に「そうね」と王妃殿下が同意した。
「でも噂に聞いていたより、おとなしいご令嬢なのね? あの父親のように不遜な態度の人なのかと思っていたわ。レーディン伯爵も、ずいぶんとあなたを大事にしているようですね」
ここでもレーディン伯爵の人柄が効いてくる。一見厳しそうな彼が、新しい養子のために手の込んだドレスを作らせたのが、大切にされていると周囲の人に思わせるらしい。
こと子供に関しては涙もろいぐらいの方なのだけど、あのツンな態度のおかげで、私は二重に守られている。
明日にでも改めて、お礼の手紙を書かなくてはならない。再三にわたってまた遊びに来るように言われているので、訪問もするべきだ。
感謝しつつ私はそんなことを考え、王妃殿下に答える。
「ご迷惑をおかけしてしまいそうなのに、レーディン伯爵様と伯爵夫人にはとても良くして頂いております」
もっと大人しく、無害な人間に見えるように私はかすれ声に近い小声でそう言った。