そしてあの人物との対面
私とラース様、クヴァシルは別室に案内された。
控え室と言っていたけれど、小さな広間ぐらいの大きさの部屋で、壁は漆喰で装飾された上に金箔で縁取りされている。
天井から下げられたシャンデリアは、すべて透明なガラスを使われ、ろうそくの明かりをまばゆく反射していた。
とても豪華な部屋だ。
王宮の召使いがお茶を運んできて、ほんの少しだけ口をつけた。
香り高く、柔らかな味のお茶だった。ラース様の家で頂くものとは少し違う。でも同じだけ高級な品だということはわかる。
これはエゼルス産か、バルモール産か。なんにせよ私達を粗雑に扱うつもりはないのを感じる。
「国王陛下達は、私と実父を別物と考えてくれる、ということなのでしょうか」
つい疑問が口からこぼれる。
「完全に悪くは思っていないだろうけれど、楽観視するのもどうかと思うよ」
厳しい意見を発したのはクヴァシルだ。職業のせいなのか、来歴のせいなのか、彼はややシビアなものの見方をする。
「それは否定できないですね……。侍従長と話した感じだと、何か大きな陰謀の一端ではないか? という見方をしているみたいでしたからね。それだけエルヴァスティ伯爵の影響が大きいということなのでしょう」
良きにつけ悪しきにつけ……いえ、悪い印象しかなかったわね。
私は肩を落とす。
だからこそ今、王族との会話に怯えているというのに。
「こういったことを経験するにつれ、僕は君を引き止めてしまったのが本当に良かったのか、たまに迷うことがあるんですよ」
「え?」
ラース様の言葉に首を傾げる。
「君の遠くへ逃げるべきだという判断には、不安を感じていました。追われ続けるリスクと、現実的に君一人で暮らしていけないと心配したから、強引に私の元に引き取ったのです。けれどこれから何度も、君は心無い言葉を聞くことになるし、その度傷つくのではないかと心配なのです」
ソファーの隣に座ったラース様が、私の目をじっと見つめる。
「味方を作るにはやはりあなた自身が動いた方がいい。でも心折れてしまってはどうしようもない。来るべき時まで、館の中でひっそりと過ごすこともできるんですよ。君はどうしたいですか?」
「ラース様……」
学院だけではなく、パーティーに集まる貴族達にも心無いことを言われ続ける私を、ラース様は心配したのだと思う。
私は首を横に振った。
「大丈夫です。ラース様が考えてくださった案に乗ったのは私です。その方が良いと感じたから。なのでどうか責任を感じないでください」
「そうそう」
横からクヴァシルが顔を覗かせる。
「せっかくここまで努力したのが無駄になっちゃうでしょ。リネア嬢も結構図太いみたいだし、走れるところまで走ってみればいいんだよ」
「図太いですか?」
そんな気はしていたけれど、真正面から言われるとなんとも言えない気分になる。
言われたクヴァシルは目を丸くする。
「図太くないと思っていたの? 相当だよ?」
「また失礼なこと言って」
ラース様が苦笑いする。
そうして気持ちが和んだところで、第三者が部屋の中に入ってきた。
「ずい分楽しそうな声が聞こえていたわ。三人とも仲がいいのね」
「お待ちしておりました王妃殿下、王子殿下」
私やラース様も立ち上がり、一礼する。
やってきたのは二人だけ。さすがに陛下は忙しくて、私との話にわざわざ出てくることはないようだ。でも一人減った分だけ気が楽だ。
「かしこまらなくていいわ、私も座らせてもらうわよ」
王妃戦果はそっと向かい側のソファーに座り、召使にお茶を持って来させる。
一方、座らずに警戒したように立ったままでいたのは、コンラード王子殿下だ。
「あなたもお座りなさいコンラード」
王妃殿下に手招きされたものの、コンラード殿下は嫌そうな顔をする。
「またその娘を信用しておりませんので」
「子供みたいなことを言わないでちょうだい。あなたもすでに十八歳。正直に考えを表すばかりでは、とても国を守っていけませんよ」
ため息混じりに言った王妃殿下だが、このたしなめの言葉もちょっと失礼だったりする。
私のことを警戒しているのは王妃殿下も同じだ、と言っているようなものだからだ。
王族がエルヴァスティ伯爵家を嫌っていることは知っていたけれど、こんなにもあからさまなのかと驚いてしまう。驚きすぎて、むしろ私はショックを受けなかった。
そこへ果敢に切り込んだのはラース様だった。
「どちらも失礼ですよ。そもそも私が認めたというのに、その意志を無視するというのはどういう了見なのでしょう、お二方とも」
かなり強い言い方だったが、王妃殿下もコンラード殿下も、親に叱られた子供のように視線を逸らす。
「わかってはおりますよラース様。あなたの見識を疑っているわけではないのですが、今までいろいろあり過ぎましたから」
「それは父親の問題であって、娘の彼女の問題ではないはずですが?」
「この貴族社会で、父親と娘のことは分けて考えられるわけがない。息子も娘も政治の駒でしかないのだから」
「あけすけにおっしゃるのですね、コンラード殿下」
ラース様に微笑まれて、なぜかコンラード殿下は怯えたように身を引く。
「美しい建前は必要なものでしょう? 僕にも、殿下にも」
「そ……そうだな」
コンラード殿下はうなずく。
「ではご着席下さい。あなたがお優しい王子殿下であるという建前を守るためにも」
「この………」
ラース様の言葉に、コンラード殿下が憎々しげな表情をした。でも最終的にはおとなしくソファーに座る。
王妃殿下の隣になったコンラード殿下の前にもお茶が運ばれ、給仕をした召使いは部屋から退出した。