お誘いを受けました
「レーディン伯爵令嬢」
「は、はい」
私はなんとか返事をする。
「会うのは社交界デビューの時以来か。その他の実父とは色々とあったからな、あまり話すこともなかったが、良ければ色々聞かせて欲しい」
え……一体何をお聞きになりたいのでしょう。できればあまりお話はしたくないのですが。
なんて言えるはずもない。
「ありがたき幸せにございます」
型通りのお礼の言葉を口にするしかなかった。
でもこれは形式上のことだろう。いくらなんでもパーティーの最中に、これ以上陛下とじっくり話すことなどないはず。そう思っていたのに。
「よければ後で、控え室の方にいらしてちょうだい?」
王妃様からがっつりとお話する予約をされた。
これ、逃げられない……。
血の気が引く思いをしながら、私は隣のラース様を見る。
彼も私を心配していたようで、ちょうど目が合った。
(こうなったら、別室で改めてお話をするしかありません。申し訳ないのですが……)
私の目にはラース様がそう言っているように見えた。
(存じております。こんな風にお約束させられてしまっては断りきれませんよね。頑張ります)
そういう意味を込めて私はラース様に、小さくうなずいて見せた。
正確に察してくれたようで、ラース様の方からお誘いについて回答してくれる。
「承知いたしました。ご都合のよろしい時にお呼びください。お待ちしております」
こうして、少し顔を出すだけですぐ帰るという私の目論見は破られたのだった。
十年は一気に老けたのではないか、という気分でよろよろと私は元の場所に戻った。
ブレンダ達がいた窓際には、今は人影がまばら。彼らもみんな挨拶のために並んでいて、そこにはいなかった。
「何か飲みますか?」
ラース様が聞いてくれる。
「よければ僕も頼むから、ワインに口をつけておきますか?」
誘われて私はうなずく。
「あまり強いものでなければ……」
お酒はそれほど強くないのだ。でも今はお酒でも飲みたい気分だった。
「君、彼女にワインをジュースで割ったものを。僕には普通のワインを頼みます」
「かしこまりました」
近くにいた召使いが、ラース様の依頼を受けて飲み物を取りに行く。今はほとんどの人が挨拶の列に並んでいるので、飲み物を用意するのが早かった。召使いはすぐに戻ってくる。
受け取った私は、半分ぐらいを一気に飲んでしまう。
ジュースで割ったと言っても、ワインの方は四分の一も入っていればいいほう、という濃度だった。沢山飲んでも、させてアルコールを感じない。むしろ甘さのおかげで、少し頭の疲労が取れた気がした。
「落ち着いたようですね」
「はい、ありがとうございます。本当に受け答えの方も、ほとんどお任せしてしまってすみません」
私はラース様にお礼を言う。
「あらかじめそうしようと決めていたことですから。むしろ慌てて暴走されては困りますしね」
そう言ったラース様は、悪戯っぽく笑う。
「やあ、仲良くやっているみたいだね」
クヴァシルか早々に戻って来た。恐ろしいほどの速さに驚いていると、彼が説明してくれる。
「腐っても王族だから、挨拶を優先してもらったんだ。君たちの二つ後だったんだよ」
事情を聞いてみれば早くて当然だった。
そしてこちらもものすごく早くやってきた。
「失礼いたします、スヴァルド公爵閣下、レーディン伯爵令嬢様」
王宮の侍従が一人、足音も立てずに側に現れた。
「別室のご用意ができました。時間が空き次第陛下も王妃様もいらっしゃいますので、どうぞ先にお移りください」
「もう、ですか」
少しは緊張をほぐす時間が取れるかと思ったが、そんな余裕すら許してくれないみたいだ。
むしろこんなにも素早く部屋を用意してしまうだなんて、絶対に逃がさない、という決意が垣間見える。
どうしてそうまでして私と話がしたいのか。実父に関しての文句を聞かされるのかしら?
その時、目の前のクヴァシルが言う。
「僕も参加しようかな。王妃様と会うのも久しぶりだし」
そう言われた侍従は、困惑した表情しながらもそれを受け入れることにしたみたいだ。
何せクヴァシルは、養子とはいえ王族の子息だ。普通の貴族と同列には扱えない。だから断れないと判断したんだろう。
かわいそうだけれど私は少しほっとする。仲間が多ければ多いほど心強いもの。