謁見は緊張でいっぱいです
「寒いですか?」
隣にいたラース様がそれに気付いた。
「大丈夫です。ちょっと怖い気がしてしまって」
私がそう言えば、ラース様は私が自分の状況から、王族を恐ろしい人たちと思っているのだろうと考えたみたいだ。
「安心してください。僕が必ず守ります」
さらりと言われた言葉に、私の心臓が強く跳ねる。
こんな言葉、今まで誰にも言われたことがない。物語の中で、姫君に仕える騎士や、貴婦人を愛する男性が言うようなセリフだ。
だからドキドキしてしまうのよ。
ラース様が恋心からこの言葉を言ったわけではないのは承知している。私を安心させるため。勘違いしてはいけない。
私のそんな物思いを見透かすかのように、ラース様が私の耳元に口を近づけて囁いた。
「あなたが強いのは知っていますが、一人だけでは立ち向かえないこともあります。そして護衛などつけられない場所ですから、今この時、僕はあなたの騎士として守ることを誓いますよ」
甘い言葉に、心が溶かされそうな錯覚をした。
そんな私の意識を叩き起こすように、次は国王夫妻が入場してきた。
「オルディアス陛下、アレグリア王妃殿下御入場」
柔和そうな雰囲気の陛下は、白地に金の唐草模様が織り上げられたマントを身に纏っていた。衣服は白のマントが映える濃紺。
隣を進む王妃様は、金と青の模様の美しい白のドレスを着ていた。その表情が厳しいのは、元からややつり目気味のせいかもしれない。
彼らが壁際の壇上に置かれた椅子に座ると、端に控えていた楽団が音楽を奏で始める。
ゆったりとした音色の中、人々は歓談しつつ、国王陛下に挨拶をするための列を作る。
「並ぼうか」
ラース様の声がけにうなずいた私は、ゆっくりと最後の方で対面をするつもりだったのに、そうはならなかった。
「お先にどうぞスヴァルド公爵閣下」
「私は後でもよろしいので、さぁ前へ」
貴族達は口々にそう言って、ラース様と私の順番を繰り上げていく。
あっという間に、前の人が終わってしまったら私達の順番、という位置に来てしまう。
「ラ、ラース様」
「何か聞かれても、極力僕が答えるから、それに相槌を打ったり、補足するぐらいで大丈夫ですよ」
そう答えてくれた時、いよいよ私達の順番が来てしまう。
背後にいる貴族たちが、興味津々でこちらを見ているのが分かる。背中に視線が突き刺さって痛い。
なるほど、私に対して陛下達がどんな話をするのか早く聞きたくて、順番を先にしていたらしい。なんというありがた迷惑。
でもこうなっては覚悟を決めるしかない。
私はこっそりと深呼吸し、陛下達の前に進み出た。
目が合うと何を言われるか分からないので、視線は下げて、白い大理石の床を見つめる。あ、化石があった。
「今日のパーティーにお招きいただきありがとうございます。是非にとのお言葉に馳せ参じました、陛下」
ラース様が慣れた様子で挨拶をする。さすが何度も王族と会話をしている人は違う。
私は貝殻の化石を見ながら、現実逃避もできずに身震いしそうになっていた。
何か言われたらどうしよう。
悪口雑言は聞き慣れているけれど、それをうまくかわしたり、別の良い話に変えたりという技術が私にはない。とんでもない受け答えをしないように、祈るしかない。
「よく来てくれたラース・スヴァルド公爵。急な招待ですまなかったな」
「陛下がお気遣いなさる必要はございません。お呼びとあれば、馳せ参じますので」
穏やかな会話が始まる。とはいえその言葉の合間には、微妙なニュアンスが言葉にされずに隠されている。
陛下の場合は、急な招待だったと謝ってはいるが、わざわざ侍従長をよこしたあたりから、必ず出席してほしいと要求していたはずだ。それを叶えただけなので、陛下の側は時候の挨拶ぐらいの軽さで言ったのだろう。
一方ラース様の方は、忠臣のごとき発言をしているけれど、正直なところ今回の招待も、わざわざ頼み込みに来なければ行く気はなかったらしい。
なので「お呼びとあれば(他の用事がなければ)馳せ参じますので」という意味に違いない。
直接そんなことを陛下に申し上げては角が立つので、良さそうな言葉に変えているだけだ。
陛下はその辺りも理解しているのだろう。
「お前が忙しいのも理解しているから、迷惑はかけたくなかったのだが、せっかくなので一度見ておきたいと思ってな」
そこで言葉を切ったけれど、陛下がこちらを見ているような気がする。
言外に、私をご覧になりたかったことを伝えたのだ。
理由はいくつもあるだろうけれど、ラース様がわざわざ手を差し伸べた話を聞いて、本当に私が悪巧みをしていないのか、私の実父のたくらみにラース様が巻き込まれていないのか、それを知りたかったに違いない。
数秒の沈黙の後、横から口を挟んだのは王妃様だ。
「とても素敵なドレスね。これを用意したのはあなたなのかしら? 公爵」
その言葉に背後の貴族がざわつく。
これが普通の反応だと私も思う。
自分では養ってもらっている身で、ラース様を第二の養父だと思っているから、ドレスを贈られても受け入れている。けれど普通なら、親族以外の男性がドレスを贈るなら、それは婚約者であるべきだ。
ただこれも、正直にそうだと言わなければいい。
想い人にこっそりとドレスを贈る人はいるし、本人が肯定しなければそれまでだ。
だからこそ、ラース様が真正面から自分が贈ったと言ったら、大騒動になる。ざわつく人たちの何割かは、娯楽に飢えて騒ぎが起ればいいと思っている人だろう。
でも今回に関しては何の心配もない。
「いいえ、これは彼女の新し養父レーディン伯爵が贈ったものです。娘になって初めてのパーティーへ行く時に、心から娘として受け入れたと皆様にもわかるように、細かな配慮と贅を凝らしてお作りになられたのですよ」
「あら残念。とうとうあなたも伴侶を決めたのかと思ったのに」
王妃様はころころと笑う。
「あなたの屋敷に美しいお嬢さんが住み始めた時って、枕を涙で濡らしたご令嬢は多いらしいわよ?」
「光栄なことです。私はそのように思ってもらえるような人間ではないのですが」
「謙遜しすぎだな」
陛下がそう言って笑う。
そしてとうとう、会話の矛先が私に向いた。