王宮のパーティー始まりました
「あれはエルヴァスティの娘では」
「いや、レーディン伯爵の養子になったと聞いた」
「あの悪魔のような伯爵が、何の代償もなく娘を養子に渡すとは思えない」
「後であのお嬢さんは、父親に冷遇されていたと聞きましたが」
「そんな話信じられるものではない」
「でも私も聞きましたよ」
私の噂だ。
自分の方は貴族の顔覚えていないけれども、あちらはしっかりと私の顔を覚えている。だからすぐに私が何者かわかって、驚いているのだろう。
「大丈夫かい?」
ラース様がそう尋ねてくれる。
「平気です。それに悪口ばかりではないみたいです。私に関する正確な噂を流してくださったのは、ラース様ですね? だからいつもとは違って、私の味方がいるんだと思える言葉も聞こえるので、大丈夫なんです」
全てが悪意のあるものだったら、私はすぐに何も聞こえないようにスキルを使っただろう。でも一生懸命私のために努力してくれた人がいたこと、それが擁護の声になっているとわかるから、耳を塞ぐ必要はない。
「君は強いね」
「そんなことはありません。あなたという味方がいるから、立っていられるのです」
私の答えにラース様は満足げに微笑んだ。
「では行こう。戦場というほどのものではないけれど。君の美しさをお披露目する舞台へ」
二度も美しいと言われて、私は胸がどきりとする。
お世辞だとわかっているのに、慣れていないから本当にそう思ってくれているのかもしれないと期待してしまうからだと思う。
私は微笑み返して、いよいよ王宮の中に踏み込んだ。
王宮の召使いたちや侍従は、ラース様の顔を知っていても、私のことは知らなかったらしい。ほんの少し「一体誰だろう」という表情を覗かせながらも、中へ案内してくれる。
一様に驚いて目を丸くするのは貴族たちだ。
彼らはずっと私の方を視線で追いかけてくる。でも驚きすぎたのか、特に何かを言うわけではないので問題ない。
もっとすごい反応があったのは、パーティー会場へ入った時だ。
振り返った人たちが、おしゃべりを一斉に止めた。そのせいで入り口の周辺にだけ沈黙の輪ができ、それが他の人たちの気を引いて、結果私の姿を目にすることになる。そして沈黙の輪は、会場全体に広がっていった。
「なかなか壮観だね」
ラース様はあまり気にしたふうもなくおどけてみせる。
「静かなのは良いことだと思います」
口うるさくされるよりはずっとマシだ。私は多少緊張しながらも、到着前よりは落ち着いた気持ちでラース様と一緒に奥へと歩く。
「やあ、来たね二人とも」
その先にいたのは、クヴァシルだ。彼は王族の養子なので、このパーティーに招待されていたのだろう。一緒にいるのはエルネスト様とブレンダ嬢、そしてブレンダ嬢のお友達トリシア様とロジーナ様だ。
「ごきげんよう皆様。ここでお会いできてとても嬉しいです」
私がそう挨拶すれば、トリシア様とロジーナ様がすぐに応じてくれる。
「私も会えて嬉しいです。それにとても素敵なドレス! 羨ましいわ」
「リネア様にとてもよく似合っていらっしゃいますね。本当に華やかで、でも綺麗です」
口々に褒めてもらって、嬉しいやら申し訳ないやら。
「トリシア様とロジーナ様もとてもお綺麗です。トリシア様はとても柔らかい明るい色合いがお似合いで、見ているだけで幸せな気持ちになるんです。ロジーナ様の深い藍色は、とても大人びていて素敵です」
ひとしきり褒めあっていると、横からクヴァシルが顔を出す。
「意外と堂々としてるよね。もっと怯えるかと思って、色々と気持ちを和らげる話を考えていたんだけど、必要なかったね」
クヴァシルはそんなことを言い出した。気持ちを和らげる話ってどういうものなんだろう。
私と同じ疑問を感じたのか、ブレンダ嬢が質問した。
「どんな話を用意していたのですか?」
「あそこにいる公爵夫人の初めてのパーティーでの失敗談とか。階段を降りる時に裾を踏んづけて、盛大に転んだらしいよ」
「うわ、痛そう」
転んだ場所が悪い。階段では、何にすねをぶつけたり庇おうとして腕をぶつけたりしてしまうだろう。
大きな怪我もしなくて良かったと、私は何となく赤紫色のドレスを着た中年の公爵夫人を見てしまう。
「他にもあるんだ。右手側にいるあの伯爵。王宮のパーティーで誘いをかけた相手が、国王陛下の弟の婚約者でね」
「え」
「おかげでしばらく、王族との関係が微妙なことになっていたって聞いたよ。だからね、多少のポカなら、もっとすごいことをした先人達がいるから。フォローしてくれるラース様もいるんだし、気楽にね?」
どうやらクヴァシルは、私を元気づけようとしていたようだ。
そんな話をしていると、招待された貴族があらかた集まったのか、王族が入場してきたようだ。
「コンラード王子殿下、御入場」
扉の前に控える侍従が、その名前を読み上げる。
続いて開かれた扉から、一人の青年が広間に入ってくる。
宝石や金や銀の刺繍がシャンデリアの灯りに照らされて、さざめく水面のような人波の中を、彼は堂々と進んだ。
強い光に照らされたような砂色の髪、遠目にはわからないけれども瞳の色は赤のはずだ。ややつり目なのはここからでも確認できる。黒の裾長の上着を翻しながら進む姿は、まるで騎士のようにきびきびとしている。
何よりも、夢の中で見た人物と全く同じ容姿に、無意識のうちに私は身震いしてしまう。