いざ王宮のパーティーへ
準備ができたらもう夕暮れ時だ。
私はイレイナやカティ達と一緒に部屋を出て、エントランスへ降りて行く。
そこにはすでにラース様がアシェル様と一緒に待っていた。
「あ……」
湖面のような色の上着も、ラース様はとても素敵に着こなしている。私のドレスに合わせて選んだのだろう。
縁取りの細かな蔦模様を描くのは、白と銀の糸。そこにはダイヤの欠片がちりばめられて、ただでさえ存在がまばゆいラース様を、きらきらしく見せていた。
と言うか、こんなにも清涼感がありながら遠くからでも存在を主張する衣服は、私では着ていられない。他の人が着たとしても、服だけ目立ってしまうだろう。
白のクラヴァットを留めているのはアクアマリンだ。お揃いの装飾品をつけているみたいで、気恥ずかしい。
色合いを合わせるにしても、同系色か黒か白のような合わせやすい色にするのだと思っていた。なのに宝石まで揃えてしまっては、まるで婚約者同士みたいで……。
(どうしてなのかしら。ラース様だって、ここまでしてしまっては私とそういう関係では? と疑われてしまうのは知っているはずなのに)
疑われてもいいと思っているのだろうか。だとしたら、何かそうする利点があるはず。
私を守るため……というのが、一番可能性が高い。
あの優しいレーディン伯爵の養子になっただけでは足りず、絶対に誰にも手を出させないようにする必要が発生したのか……。
つい思い悩んでしまっているうちに、私はラース様たちの側にたどり着いていた。
ラース様の方は、階段を一歩一歩降りてくる私を、じっと見つめていた。
何か不備がないかを確認していたのかもしれない。
イレイナやカティ達の仕事に間違いはないと思うけれど、実際に身につけてみると、もう少し違う装飾品の方がいいとか、気になる点は出てくるものだ。
だから私は聞いてみた。
「いかがでしょうか。イレイナたちの支度に私はとても満足しているのですけれど、何か足りないところがありましたら教えてください」
しかしラース様は、私の問いにはっとしたように目を見開いて、雲間から現れた月のようにふんわりと微笑んだ。
「いいえ何一つ問題などありません。とても美しいですよ、リネア嬢」
「お褒めいただきありがとうございます。このように素晴らしいドレスを着るのは初めてですけれど、おかげでどうにか気後れせずに済みそうです」
お世辞だなと思って返すと、ラース様が手を伸ばす。
目の前に迫る指先に、ドキリとする。
それから、意外とかさついた感じの指を見て(ラース様も剣を握る人なんだな)と、現実逃避的に考える。きちんと剣の練習を続けている人は、柄を握る部分の皮が厚くなっているものだ。
お菓子公爵と呼ばれているのに、イメージと違う手だなと思っている間に、ラース様の指先が私の耳の上に触れる。
髪飾りを揺らす音に、自分に直接触れたわけではないのに、首筋にくすぐったさを感じた。
一体何をしているのだろうと思えば、ラース様は私の髪から一輪だけ薔薇の花を取ってしまったらしい。
「ラース様?」
まさかバラの数が多すぎた? なんて考えていたら、ラース様はバラを自分のボタンホールに飾ってしまう。
青い湖面に、ポツンとバラの花が一輪浮いているみたいだ。
「これでよし。行きましょうリネア嬢」
「は、はい……」
え、一体何がいいの? どういう意味でバラの花までお揃いにしようと思ったのか。
まったくわけがわからないまま、私はラース様と一緒に馬車に乗り込んだ。
※※※
レクサンドル王国の王宮は、王都の北に造られている。
盛大なパーティーが行われる時には、王宮の塀の外に設置された低い花の生垣を通り抜ける道に、何台もの馬車が並ぶものだ。
花の生垣を通り抜けると、白い石を積み重ねて、優美な曲線を描く鉄の柵を取り付けた塀が見え、その門をくぐり抜けると、真っ白な宮殿と美しい緑の芝が目の前に広がる。
今日はそれほど馬車が並んではいない。
招待客の数を抑えているのだろう。
(ということは、王族がごく近しい人を選んで開いたパーティーだと思われるわけで……)
そんなところに参加するのだ。今更ながらに、怖くなってくる。
以前王宮のパーティーに参加したのは、成人直後のこと。誰もが嫌そうな女で自分のことを見るから、きっと王族も同じだろうと思い、なるべく顔を上げないようにしていた。
こんな日にわざわざ、睨まれたくはなかった。それなら自分が相手の顔を見なければいいと思っていたので、人の顔から目を逸らしていたのだ。
おかげで王族の顔を覚えていない。
姿絵が出回ってはいるけれども、私は特別興味もなかったし、たいていは美化されているので、正確な容姿が描かれているわけでもないのだ。
今回は、出席することが決まってしまったので、急いでラース様に姿絵を見せていただいた。ラース様の解説もついていたため、おおよそ特徴を覚えられたはずだ。
国王陛下が、タレ目がち。砂色の髪に赤い瞳。
王妃様がややつり目。はっきりとした眉、髪は金色。
王子殿下が、あの夢通りの人物で、夏の乾いた砂のような髪に、赤い瞳で王妃様に似た目の形。
「だったはず……」
心の中で確認しつつも、まだ自信がなくてつぶやいてしまう。
「どうかしましたか?」
ラース様に優しく尋ねられて、私は申し訳ないと思いつつも白状する。
「王族の方々の特徴をちゃんと覚えたのか自信がないものですから」
「大丈夫。最初に挨拶をする時はずっとそばにいるので、君がよくわからなくても、僕と陛下達との会話を聞いていれば、自然と覚えると思いますよ」
「はい、隣で勉強させていただきます」
私はラース様がいてくれることに、改めて感謝した。
降りる順はラース様が先。
私が下りる時にはラース様が、手を差し出してくれる。
「さ、どうぞ、リネア嬢」
「ありがとうございます」
裾が広がるドレスで馬車から降りるのは難儀するので、ありがたく手を借りた。
そうして足が地面についたその時、ざわりとした空気が辺りに広がる。