パーティーの準備はなかなか大変
1/25に2巻目発売します、よろしくお願いします!
三日後、出来上がってきたドレスはリネアの予想を大幅に超えるものだった。
「え、これは……」
あまりにも豪華すぎた。
一着は白いシフォンの布を花びらのように何枚も重ねた上に、湖面のように美しい青のシフォンを重ねて、胸元やベルスリーブの肩口に、立体的なシフォンの薔薇の造花を蔦のように絡めるように縫い付けたもの。
まるで白いさざなみが起きる湖岸と、その周囲に咲き乱れる花畑を思わせるようなドレスだった。
もう一着はごく淡いオレンジにも見える東雲色の光沢のある絹に、美しく繊細な銀のレースを花に見立てたものを縁取りに縫い付けてあった。同じレースは袖に何重にも重ねてほどこされ、胸元にも縫い付けられている。合間に小さくまたたくのは、ダイヤモンドだ。
どちらも贅をこらしたドレスだった。
ひとつに決めるだなんてできない……。
私の心に焦りがにじむ。
「こちらの碧いドレスは君の養父であるレーディン伯爵が、デザインから細やかな注文をなさったものですよ。色合いも造花の作りに関しても、度々伯爵が工程をチェックしに行ったそうです」
ひぃ。
私は内心で悲鳴を上げる。そこまでして作っただなんて。
「お前も大概だろうラース。レースはわざわざ自分で直接選んだものだったはずだ。色だって何度も選びなおしただろう」
うわぁ。
私は令嬢にあるまじきうめき声を漏らしそうになる。
そんな詳細な注文を受けて、制作されたものだなんて。ドレスに熱が入りすぎているように感じて、私はちょっドン引きしていた。
こんなに豪華なドレスにしなくたってよかったのに。
……と思ってしまったけれど、考えてみれば、美しいラース様の隣に立って王宮のパーティーに参加するためには、これぐらいのものが必要だったのかもしれない。
少しでも私の見栄えを良くするためには、ドレスに力を入れる必要があったんだろう。
しかし。
「どちらも素敵すぎて選べません」
着てみたい方と言われても、どちらも着てみたいと思う。
より華やかな方を選ぼうとしても、二つとも違う方向で華やかなのだ。
そもそも私は、ドレスに対してあまり頓着がない。季節ごとに新しいドレスは新調するものの、誰かに見せたいとか、目立ちたいとか、賞賛してほしいという気持ちが芽生えた試しがない。
どうせ何を着たって、悪魔のような伯爵の娘としか言われないのだから。
むしろ真っ黒なドレスで出た方がいいのではないかと、皮肉を考えていたぐらいだ。
結果、あまり流行から外れない程度の無難なドレスばかりになった。
「君はあまりドレスに情熱を傾ける人ではないみたいですからね」
ラース様はそんな私の考えを察していたみたいだ。
「女はみんなドレスが好きじゃないのか?」
一番無頓着そうな意見を言ったのはアシェル様だ。ご自分ではパーティーに女性をエスコートしていくことはないので、必要に駆られないからだと思う。仕方ないことだ。
私だってパーティーへ行くことさえなければ、こんなに悩んだりしないもの。
「せっかく作ってくださったラース様に選ばせるのは忍びないので、カティ達の意見を聞いてみたいと思います」
私はドレスを広げてくれている召使いたちに視線を向けた。
「カティはどちらが好きかしら」
私はあえてカティの好みを聞いてみた。どちらがいいなんて聞いたら、責任重大すぎて気軽に意見が言えないだろう。
「私はラース様のドレスが良いかと思います」
そういったカティが、ちらりとラース様の方を見る。
……しまった。ラース様がそばにいる状態で意見なんて聞いたら、ラース様に最大限まで忖度するに決まっていた。何せラース様は、現在のカティの雇い主である。
ただカティの方も、それだけでは自分の意見を言っていないように聞こえると考えたのか、選んだ理由を説明してくれた。
「この美しい朝焼けのような色のドレスの色もそうですが、銀糸のレースがとても見事で、より華やかにリネアお嬢様を引き立ててくれるのではないかと思ったのです」
「褒めてくれて嬉しいですね」
ラース様の方はカティの気持ちを感じてか、礼だけを言う。
「え、ええと。イレイナはどうでしょうか? お養父様のドレスも、捨てがたくて」
この言い方なら、雇い主の前でもお養父様のドレスを褒めやすいだろう。むしろこの問いかけでラース様のドレスを選ぶようだったら、イレイナはそれが好みなのだと思えるのだけど。
イレイナは心得顔で答えてくれた。
「左様でございますね。レーディン伯爵様が作らせたドレスは、お嬢様の年齢の女性をとても清楚に可愛らしく見せてくれると思われます。公爵閣下のドレスの方は、お嬢様の威厳を引き立てるのではないでしょうか。その違いから、当日着るドレスをお選びになってはいかがですか?」
「なるほど」
イレイナが教えてくれたことはとても役に立つ。ドレスを着たことによって私がどう見えるか。そして王宮のパーティーで私が自分をどう見せたいか、を考えればいい。
「ラース様は、パーティーで私の味方を増やすようにとの思し召しでしたね。私は柔らかい雰囲気をまとうべきでしょうか、それとも周囲の注目を浴びた方が良いでしょうか」
舞台を選んだのはラース様だ。最終的には、彼の意向に沿ったドレスを着るべきだろう。
「そうだね」
ラース様はうなずいた。
「僕は他人からのあなたへの印象を変えたいと思っていました。今までの印象を考えると、おそらくあなたは親しみやすく、話しやすい印象を与えた方がいいのかもしれません。というか」
彼は苦笑いする。
「私も少し、レーディン伯爵が作らせたドレスを纏ったあなたを、見てみたいと思ってしまっていました」
私はほっとする。これでドレス選びが終わった。
「では、お養父様が用意してくださったドレスを着ていきたいと思います」
「装飾品の方は、私に任せてくれるでしょうか、リネア嬢」
「もちろんですラース様」
これでようやくドレス選びが終わった。
ほっとしたところで、ラース様は素早くイレイナに指示した。
「イレイナ、装飾品の箱を持ってきてくれませんか。そのドレスに合うものを」
「かしこまりました」
一礼したイレイナは、さっと 退出すると、すぐにいくつかの宝石箱を持って戻ってきた。
飴色の木の宝石箱は、一見すると重要そうなものが入っているようには見えない。おそらくは防犯のためなのだろう。
しかしその箱を開けると、きらめく美しい宝石たちが姿を現す。
ダイヤモンド、アクアマリン、ルビーにサファイア……。
「この中でドレスに一番合うのは、アクアマリンかな」
ラース様が手に取ったのは、植物を模した銀のネックレスに、美しい碧のアクアマリンとダイヤモンドが配置されたネックレスだ。
「イレイナ、これ似合うイヤリングを用意しておいてください。たしかあったと思います」
「承知いたしました」
これで装飾品も決まった。
「色々とありがとうございます」
どうお礼を返したらいいのかわからないので、まずはラース様に感謝する。
するとラース様は、やや悪戯っぽい笑みを見せる。
「リネア嬢のドレスが決まれば、僕もそれに合わせて衣服を用意するつもりだったので、早く決めてくださって助かりました。亡き母などは、ドレスの色を決めるために三日ほどかかっていましたから」
私はとりあえず笑っておく。
女性は得てして、ドレス選びに時間がかかるものなのだ。ラース様のお母様が、特別優柔不断というわけではない。