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閑話 ~ミシェリアへの誘い1~

 水が入ったつるべを引き上げるのは、とても大変だ。

 重たくて重たくて、最初の頃は何度も落としてしまっていた。

 その度に同僚の召使いに怒鳴られ、最後にはいつも言われるのだ。


 ――もう貴族令嬢ではないのに、何をか弱そうなふりをしているの、と。


「分かっているわ、そんなこと」


 持ってきた桶に水を入れながら、ミシェリアはつぶやく。


「お父様もお母様ももういない。住んでいた家だってない。燃えてしまったもの」


 突然やってきた債権者に、散々に問い詰められた母は欝々としていた。

 さらに王家からも、爵位を取り消す使者が来たところで張り詰めた気持ちが切れてしまったらしく、毎日何かをつぶやくだけになってしまう。


 ミシェリアの父は、借金のことで相談しに行くと言ってどこか行ったまま帰らなくなった。

 そして召使いたちは、今まで愛想よくしてくれていたのに、手のひらを返すようにミシェリアを罵り、彼女を置いて行った。


 残されたミシェリアは、何事かをつぶやき続ける母と一緒にいた。けれど、ある日使用人が火元の始末をし忘れ、屋敷が火事になってしまったのだ。


 家を失い、母の姿を見失って燃えて行く屋敷を見つめるしかなかったあの日。

 いつか永遠の愛を誓おうと話したアルベルトすら助けには来なかった。


 来たのは、炎と煙を見た分家の女性。

 周囲の森に燃え広がることを心配して来たと聞いた。むしろまだ、爵位を取り上げられたというのに屋敷にミシェリアがいたことに驚いていた。父と一緒に失踪したと思っていたらしい。


 彼女も、さすがに取り残されたミシェリアを不憫に思ったのだろう。

 父の昔の伝をいくつか当たってくれた。けれど誰もミシェリアを引き取ってくれる貴族はいない。


 ……かといってその分家でも、ミシェリアの居場所はなかった。

 早く出て行ってくれないか。そんな声が聞こえそうな視線ばかり向けられる日々。


 だからミシェリアは、職を紹介するという話に乗ったのだ。

 平民になっても、ここにいるよりはマシだろうと思って。


 分家の家でやむなく覚えた掃除ぐらいならできるだろうと、行ってきたのがこの王都にある学院だ。

 付け焼刃では、掃除の仕方もそれほど上手くはなく、そのせいで同僚である召使いたちからもあまり歓迎はされなかった。

 ただミシェリアにことさら強く当たった同僚の場合は、掃除の仕方の問題ではない。


「私は別に色目など使っていなかったわ」


 学院の召使いたちは、大抵が出入りの商人やその使用人、もしくは学院内の従僕、男性召使い、そして学院に通う貴族たちの従者と付き合うものが多い。

 その人達が、ミシェリアに声をかけてくるのだけれど、同僚の恋人がまざっていたらしい。


 それも仕方のないことだ。

 ミシェリアは貴族令嬢だった。

 他のどの召使いよりも、幼少期から肌や髪を綺麗に保つ余裕があった。容姿の違いを別としても、それだけで他の召使いたちよりも男たちからは綺麗に見えただろう。


 ミシェリアに辛くあたる召使いたちも、それがわかっているからこそ、なおのことミシェリアに嫉妬しているのだ。

 一方でミシェリアの方は、従者達などには興味がなかった。


「私には、結婚を約束してくれた人がいたのに」


 アルベルトのことを引きずっていたからだ。


 ――なぜ会いに来てくれなかったのだろう。

 ――どうして助けてくれなかったのか。


 恨み事を考える度に、きっと事情があったんだろうと思い直す。

 きっと、父親に手紙を送ることすら止められていたんだろう。いや、書いたものを握り潰されていたのかもしれない。

 ミシェリアの家が取り潰しになったことすら、聞かせないようにされていた可能性だってある。


 そう思わなければとても耐えられなかった。ミシェリアにとって、ただ一つの命綱だったから。

 もうすぐ自分を見つけ出してくれるかもしれない。

 館が火事になってしまったせいで、私がどこにいるのか分かりにくくなったんだろう。だからもう少し。アルベルトか見つけてくれるまで我慢するのだ。


 歯を食いしばって、使用人として生き続けたのは、そんな希望があったから。


 そして二年後。

 最初に見つけたのは、あのリネアの姿だった。


 没落する原因となった父の借金相手。

 鉱山を広げるため、ミシェリアの父はエルヴァスティ伯爵から資金を借りた。けれど工事を始めて間もなく、長く続く嵐のせいで崩落事故が起こり、さらには資材を運んでいた馬車が崖下に転落。


 父はその補填のために、聖花が咲いている場所を見つけたと言って、聖花を売った。

 しかし売った相手からは、その聖花はとても壊れやすく、運んでいる間にほとんどが粉々になってしまったと苦情が来た。


 結果、聖花菓子の材料にしかできない聖花では借金を補填し、失った資材を買い戻すことなど到底できず、鉱山は放棄するしかなくなった。

 ただでさえ、何度も続く山賊の被害で資産が減っていたアレリード伯爵家は困窮し……。


 急いで資金を作ろうとしたために父が聖花を売った相手が、外国の商人であり、それが違法であったことで伯爵家が取り潰される事になってしまったのだ。


 世の人達は、エルヴァスティ伯爵家を嫌うあまりに、全てかの伯爵家の陰謀だったと言っている。

 実際はどうなのか、ミシェリアにははっきりとわからない。けれどおかしな状況が続きすぎたことから、ミシェリアもエルヴァスティ伯爵家の関与を疑っていた。


 だからリネアのことが憎かった。

 自分は使用人の身分に落とされてしまったのに、のうのうと貴族令嬢のままでいられるのだから。


 それ以上に腹立たしいのは、アルベルトの新しい婚約者の座に収まっていることだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 可哀相ではあるけどなぁ
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