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美辞麗句は甘すぎて

「お前なら、あの令嬢ごときに捕まらないと思っていたのですが?」


「気を抜いてしまっていたようです、申し訳ございません」


 ノインは余計な言い訳も口にせず、ただ謝罪する。

 と、そこでアシェル様が笑う。


「それにしてもリネア嬢の受け答えは面白かった。あの高慢令嬢の拍子抜けしたような顔など、そうそう見られるものではないからな」


 ん? 何か言ったかしら私?

 わかっていないらしい私と、何があったのかと興味を引かれた様子のラース様に、アシェル様が話す。


「エレナ様は、愛する人を路頭に迷わせたいという願望をお持ちなのですか? だったか」


「あ」


 その言葉はたしかに言った。


「エレナ様が、駆け落ちして平民にでもなるのか、と決めつけて来るものですから……。そんなことをされたら、職を失うノインが迷惑ではないかと思って」


「…………くっ」


 聞いたラース様が、こらえきれないように吹き出した。

 横で聞いていたノインも、口元がまたむずむずしている様子。


「そんなにおかしいでしょうか? ノインは私の配下ではないし、彼を雇う個人資産も持っていません。うっかり同意したら、二人で路頭に迷う未来しか見えないのです。

 貴族の家に仕えたら、私のことがバレてしまうからできませんし。仮に私からそんな提案をされても迷惑でしょうし、断るのも大変でしょう? そういう意味でも迷惑ではないかと思ったのですが」


 説明していると、ノインが笑うのをこらえた表情ながら、楽しそうに一礼する。


「もし御本心から私を望まれているのでしたら、私はついて行ってしまったかもしれません、リネア様。そこまで真剣に私のことなどを考えてくださって、感激しております」


「だめよノイン、そんなちょっと面白そうだからって気持ちで、駆け落ちなんてするものではないわ。平民の生活なんてろくにわからないし、料理もできない私だもの。掃除だけはカティに少し習ったけど、それではお金を稼げるとは思えないわ。貧しい暮らしをさせてしまうことになるのよ」


 そこで、こらえきれずにアシェル様が笑い出す。

 面前で堂々と笑うのは気の毒だと思ったのか、少し離れて壁に向かって笑い出した。

 なんでそこまで笑うんですか?


「な、なんで自分が養うつもりになってるんだ」


 笑い声の合間に、切れ切れに聞こえたのはそんな言葉だったけど。


「このパターンで駆け落ちをしたら、責任をとるべきは私では?」


「いえ、さすがに男の方もどうにかすべきだと思いましたよ。一緒に駆け落ちをしたら共犯ですからね。提案者一人が責任を負うような話……では……くくく」


 応じながら、またノインが笑う。

 すると笑いを堪えすぎて、目の端ににじんだ涙を指で拭いつつ、ラース様が言う。


「君は庇護したくなるような素敵な人ですから、君自身が相手を養わなくても、君に貢ぎたい人は沢山いますよ」


「そうでしょうか?」


 私はこの十六年、ずっと嫌われ続けてきたのですが。

 嫌われることに、財力も、衣服の良さも、謙虚な態度や、礼儀作法さえ関係ないことはすでに学習済み。

 たとえ平民になったとしても、どんな言いがかりをつけられるかわからないと思っているのに。

 でもラース様は、優しい笑みで「大丈夫」と続ける。


「僕もあなたに貢ぎたい者の一人ですよ。そうそう、部屋に装飾品をいくつか届けさせています。ドレスに合わせるにも一つ二つでは足りませんからね。

 美しい君の瞳のような緑のエメラルドや、どんなドレスにも合わせやすいダイヤを金と銀それぞれを使って作らせたものがありますので、確認して下さい」


「……え」


 エメラルド? ダイヤ?


「そんな、何種類もいただくわけには。家から持って来た物もありますので……」


 ただでさえ居候の上、厄介ごとを持ち込んだ人間なのに。

 そう思って言ったら、ラース様の指先が触れて、口の動きが封じられた。


「君を飾りたくて、用意させたものなんですよ。いらないだなんて悲しいことを言わないでください。ね?」


「私を飾っても……」


 あんまり楽しいことにはならないと思うのに。


「あなたは十分綺麗ですよリネア。できることなら、あなたの部屋を聖花で埋め尽くしてしまいたいほどに」


 ラースの言葉に、私は目を丸くする。

 自分がそんな美辞麗句で表現されるような人間だと思えない。なのに彼は、心底私を美しいものと信じている目を向けてくるのだ。


 どう言葉を返していいのかわからないうちに、ラースは「それでは、また夕食の時に」と言って立ち去ってしまう。

 私はしばらくそこに立ち尽くしそうになったけれど、出迎えてくれたカティに促されて、部屋へ行くことにした。


 妙なことを言われてしまったけれど……きっと冗談ね。

 歩きながら私はそう思い直す。なんとか私に快く受け取ってもらおうとして、あんな風に言ってくれただけよ。


 だから、間違いないようにしなくては。

 決してラース様の甘い言葉を、真に受けてはいけない。そう自分に言い聞かせた。

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