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閑話 ~エレナのたくらみ~

「へらへらした顔をして……っ」


 思い出す度にいらだつ。

 父親がアルベルトとのことを認めてくれず、王子との婚約をすすめている今の現状もそうだ。

 結婚相手が王子だったのはいい。本人にあまり好かれていないことや、あからさまに邪険にされることを除けば。ゆくゆくは王妃になることを思えば、エレナの自尊心を満たしてくれる。


 そう、結婚相手などいいのだ。

 あれだけエレナを邪魔者扱いする王子なら、エレナが誰と親しくしようと放置するだろう。


 王族らしい火遊びならば。

 王妃のサロンに貴族男性を招くことも、おかしなものではない。

 その貴族男性と親しすぎる間柄になっても、後始末さえつけられればいいのだ。


 貴族的な教育に染まっているエレナは、それをおかしいこととは思わない。

 それでも、好きな相手を自分だけのものにすることは、諦めきれない。


「アルベルト様……。あなたはどうして、私に助けを求めてくださらなかったの」


 いつのまにか、アルベルトはエルヴァスティ伯爵令嬢リネアの婚約者になってしまっていた。

 父を責めると、「お前はいずれ王妃になって、アルベルトを手中に収めればいい」と言われてしまう。


 でも知っている。

 領地の収入が想定より上向かなかったから、アルベルトの家に資金提供ができないことも。

 そもそもエレナがアルベルトを心底気に入っているとしても、公爵令嬢に伯爵家のアルベルトが求婚するのは、かなり壁が高いことも……。


「私が高嶺の花だから」


 エレナはそんな風に自分のことをなぐさめていた。

 そしていら立ちを、アルベルトを手に入れたリネアにぶつけていたのだ。


 自分の欲しい者を手に入れた女。

 きっとアルベルトが恋しくて、血も涙もないと言われる父親に頼んだのだろう。


 ――もちろんエレナは、事実など見ていない。エルヴァスティ伯爵の方が与しやすいと思ったからこそ、アルベルトの父親が結婚の話を持ち掛けたことも。

 王子との結婚話が持ち上がってもおかしくないエレナに、家が傾きそうになっている伯爵家が結婚話をもちかけられないことだって。


 けれどエレナは、礼儀作法以外では蝶よ花よと育てられ、決して平民になど目を向けないように、差別意識を植えられている。

 王家の次に自分は身分が高く、優先されねばならない人間。そう思って生きて来たエレナは、自分より下のリネアに出し抜かれたという思いでいっぱいなのだ。

 なぜ、身分の高い自分が、欲しいものを手に入れられないのかと。


「ラース様さえ邪魔しなければ」


 王位継承権を持つラースは、エレナの中でも別格だ。聖花に関連して神殿とも関係が深いことも知っている。

 そんな人物にかくまわれるなんて、リネアはなんという悪女だろうか。

 エレナは本心からそう思っていた。


「ヘルクヴィスト伯爵は、婚約破棄をした覚えはないと言っているらしいし。でも庇護された上で、悪名高い家から別の家に養女になるのよ。きっとラース様を篭絡して、結婚する話になっているんだわ。そんな風に幸せになるなんて、許さない」


 エレナは人差し指の爪をかじりながら考える。

 あの苛立つリネアを、どうにかして地の底に叩き落したい。


「結婚できないようになれば……いえ、そもそも消してしまえば……」


 とはいえ、エレナとて自分が手を下すのは得策ではないと知っている。

 何か方法はないかと考えていたその時、茶色の髪の従者が部屋に入ってきた。エレナよりひとつふたつ年下の彼は、長年仕えている従者ディオルだ。


 たまさか、父が粗相をしたからと捨てようとしたところで、顔が気に入って自分のものにしたところ、たいそう懐いてくれた。


「エレナ様ただいま戻りました」


「何か報告できそうなことはあったの?」


 エレナはため息混じりに問いかける。ディオルにはずっと アルベルトの家を探らせている。

 主にアルベルトが自分に興味を持っていないか、もしくはアルベルトを振り向かせることができる材料が欲しかったからだ。


 でもこの数ヶ月、いい話は何一つない。今回も同じだと思っていたが。


「それが……エレナ様。少しお耳に入れたいことがありまして」


「何なの?」


「以前からヘルクヴィスト伯爵の家の者が、王都の西の森に出入りしていましたが、どうやらその者は、エルヴァスティ伯爵家にも出入りしているようなのです」


 エレナは顔をしかめた。


「エルヴァスティ伯爵家に? 追跡したのでしょうね?」


「もちろんでございます」


 ディオルはうなずく。


「そのものはエルヴァスティ伯爵に会い…… どうやら3年前のあの一件に絡んでいるらしい話をしておりました」


「3年前……」


 それはミシェリアの伯爵家か没落した年。

 別の言い方をするのなら、エルヴァスティ伯爵家とオーグレン公爵家によってアレリード伯爵家が潰された時のことだ。


「どうも3年前にヘルクヴィスト伯爵家は、密かにあの一件に関わって、あれを手に入れていたようです」


「……魔獣」


「左様でございます」


 答えたエレナに、ディオルは頭を下げる。

 魔獣、それは 人よりも大きく高い戦闘能力を持つ獣だ。


 どうしてそんなものが誕生するのか、エレナには分からない。が、 世界の裏側では密やかに魔獣を集め、 様々な陰謀に使っていると言われている。

 魔獣は剣で刺してもなかなか死なない。倒すには相当な時間と、何人もの犠牲が必要になる。もしくは魔法を使うしかない。


 事情はさておき、3年前まであれリード伯爵家の土地に魔獣が存在していたのだ。


「まさか……。だとするとエルヴァスティ伯爵家から必要なものを供給してもらっているということ?」


 魔獣は維持するにもおとなしくさせるにも、特別な飼料が必要になる。

 家計が火の車という噂のヘルクヴィスト伯爵家では、それを用意し続けられるとは思えない。


「だから……リネアと婚約してまで、あの伯爵家からお金を借りていたのね」


 むしろお金を借りるという建前で、魔獣に関わる物を受け取っていたのだろう。

 エレナはようやく、ヘルクヴィスト伯爵がなんとしてでもリネアとの婚約を継続しようとしている理由を理解した。


「それならばやりようがあるわ」


 エレナは頭の中で計画を練る。

 アルベルトを救うための計画を。

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