馬車の中で
少し離れた場所にいたブレンダ嬢に礼を言い、私はアシェル様と一緒に馬車に乗る。
事情を聞きたいからと、ノインも中に入るように促したので、今日は三人で向かい合って乗車した。
「アシェル様、ご迷惑をおかけいたしました」
まずは救いに来てくれたアシェル様にお礼を伝えた。
「いや、お前の保護はラースから頼まれてることだ。気にするな」
ぶっきらぼうにそう返されて、私は思わず微笑んでしまう。
この言い方も、彼にとって照れ隠しなのかもしれない、と思うから。自分が不器用な方だからこそ、素直に言えないことにちょっとした共感を覚えてしまうのだ。
「ノインはどうしてあちらにいたのですか? もしかして、私のことに巻き込まれたのでは……」
次はノインに事情を聞く。
「公爵閣下のお命じに従って院内にいたのですが、そんな私をダシにしてリネア様をおびき寄せようとしたのかと思われます」
完全に私のとばっちりを受けた形だ。申し訳ないと思っていたが、
「どうにか避けられなかったのか、ノイン」
アシェル様はそんなノインに苦言を口にする。
「そんな、無理ですアシェル様。身分が上の者を避けるなんて」
見つかって声をかけられてしまったら、それまでだ。しかし私を止めたのはノインだ。
「いいえ、私の油断です。彼女一人ぐらいどうにかして避けられたものを、うっかりと捕まるような真似をしたのですから。それに……」
ノインはちらりと笑みを見せた。
「聞こえなかったフリをして無視をしたところで、公爵閣下にあの令嬢が何かできるはずもありません」
「左様でございましたね……」
ラース様には、エレナ嬢も手出しできない。
彼は公爵閣下で、王位継承権もある人。同等の公爵家の人間でも、エレナ嬢は娘でしかない。
彼女は個人的な嫌がらせぐらいしかできないし、ラース様にそんなことをしたらエレナ嬢は敵だらけになるだろう。
(貴族も神殿にも、ラース様は聖花菓子の関係で沢山の繋がりを持っているのだから)
お菓子公爵と呼ばれているのは伊達ではない。変わった人なのはたしかだけれど、私の叔父様みたいにラース様から特別な聖花菓子を買う人は多いのだ。
特に貴族は、ステイタスのために高価なものを無理してでも欲しがる。
きっとエレナ嬢の父公爵も、ラース様にはお世話になったことがあるはず。
「ですから、私の失敗のせいですので、お気になさらずに」
そう言ってくれるノインに、私は「ありがとう」と答えた。
「アシェル様も、あらためて申し訳ありませんでした。私だけで対応できればよかったのですけれど」
身分的にも、自分の味方の少なさから言っても、私一人ではどうにもできないことが歯がゆい。
スキルを使えばどうにかできるとはいえ、おおっぴらにしたくないので、身動きできないのだ。
「君はあまりにも周囲を気にし過ぎだ」
アシェル様はため息まじりに言う。
「気にしすぎ……でしょうか?」
けれど謙虚でいなければ、スキルの他には何も持たない、そのスキルすら使って役に立てない私では足手まといすぎて申し訳ないと思ったのだが……。
「誰しも周囲に迷惑をかけて生きている。それに君を援助すると一度決めた時に、こういうことが起るのは想定済みだ。むしろ避けさせられなかったことは、こちらの失敗でもある。だから」
アシェル様が私に目を向けた。
「今度から怪しい手紙が来たら、相手を待たせてでもラースか俺を呼べ」
「……はい、わかりました」
私はうなずく。
でも納得していなくて、アシェル様に悪いと思ってうなずいただけだとすぐに見抜かれたようでだ。
さらに説明されてしまった。
「君はラースの研究に必要な人材だ。そしてラースの研究は、あいつの人生を費やすような切実なもので……。だからこそラースは君を見放したりはしない。そもそも、懐に入れると決めたら、多少わがままにふるまったところで、手のひらを返すような奴ではない。俺も……ラースにとってはそういう存在だ」
アシェル様はもう少しだけ語ってくれる。
「俺が異国の生まれなのは本当だ。複雑な血筋のせいで、誰もが引き受けるのを嫌がったが、あいつは俺を受け入れた。それくらいお人よしなラースの手伝いを、俺は長年続けているんだ。今さら身内に迷惑をかけられたぐらい、気にもならない。いちいち謝られる方が面倒だ」
私は、アシェル様が自分を励ましてくれているんだ、と感じた。
ぶっきらぼうで、わかりにくいけど優しい人だ。
そのアシェル様が言うのだから、と納得できたので。
「はい、今度は納得いたしました」
ちょっと笑って返すことができたのだった。
昨日更新忘れたので、明日も更新いたします