お菓子について教えてください
(冷静になりましょうリネア)
私は自分にそう言い聞かせ、そっと深呼吸してから聞き直した。
「公爵閣下。変な夢を見ていないか、ということは……何かそういう要素のあるものを混ぜたお菓子だった、ということでしょうか?」
「そうだよ」
スヴァルド公爵はあっさりとうなずく。
「なっ……」
なんでそんな品を叔父に譲ったのですか!?
またしても叫びそうになって自重する。
……どうしましょう。今日のスッキリした気分が半分ぐらい吹っ飛んだわ。
「そのような品を叔父に譲った理由をお聞きしても……?」
言い直した私に、公爵は悪びれもせずに答えた。
「君の叔父ヴィンゲ子爵が、時には変わった菓子をあげたいと言うのでね。自分のために買いあげた聖花を使って作らせたんだ。一応、危険な物は使っていないんだけど、どんな効果が出たか確かめたくて。……その様子だと、悪夢でも見てしまったかな? 申し訳ないことをした」
スヴァルド公爵が眉の端を下げる 。
たしかにとんでもない悪夢だったが、妙な能力のきっかけはあの聖花菓子かもしれないのだから、差し引きゼロと判断すべきかもしれない。
「だから軽々しく、検証できている物以外は渡してはだめだと……」
スヴァルド公爵の一歩後ろで、黒髪の騎士がぼそりとつぶやく。
はっとさせられるような良い声に、思わず彼に視線を向けてしまう。
やや長い前髪に隠れるような、紫の瞳が公爵に向けられている。スヴァルド公爵に劣らない秀麗な顔は呆れをにじませていた。
ぞんざいな言い方を許されているから、この騎士はスヴァルド公爵と親しいのかしら。
「他は効果なんて見込めない聖花菓子だったから……。あれは本当に特別な聖花を使っているからね。僕が食べようと思っていたんだけど、子爵が急いでいたし……と思って。もし万が一何かあっても、聖花菓子の効果なんてささいなものじゃないか」
「まぁ、普通の聖花にはそれほど大きな効果はありませんが……」
騎士は公爵の言い分にうなずく。
私の方は、聖花菓子にささやかながらも効果があると初めて知って驚いた。
「それに送り先が彼女だとわかって、学院に通っているならいいかと思って。結果は学院で聞けるし、何かあればすぐに謝罪ができるをしておけばと思ったから」
私は首をかしげた。
スヴァルド公爵は、私に会うことに抵抗がなかった? まさかエルヴァスティ伯爵家の噂を知らないわけはないだろう。それとも娘の私は、父と区別して考えてくれているのか。
もし悪く思っていないのなら、そこに悪印象を加えるようなことはしたくない。
(でも……。聖花の影響が本当にあれだけなのかしら)
他に何かあっては困るし、このまま会話を打ち切ると、相談先を失ってしまうのではないだろうか。
叔父を経由して……という方法もあるけれど、唯一プレゼントをくれた叔父に、嫌な思いはさせたくない。
決心した私はスヴァルド公爵に言った。
「実は少々夢見が悪かったのです……。でも聖花の影響でそんなことがあるものでしょうか? 菓子にしてしまうと、魔法の媒介にもならないと聞いていますが」
聖花は綺麗な形じゃないと、魔法の媒介として利用しにくくなるという話もある。
だから破損が生じたものは菓子の材料に回すらしい、と。
「そうだね。だけど強い力を持つ聖花なら、わずかながら効果を発揮するんだ。その聖花が貯めこんだ力で」
「効果が……あるのですか」
興味深い話だった。
今まで、聖花菓子は『高価な材料を使ったおかげで、太らないお菓子』と思っていたから。
そう、太らないのだ。
聖花を使えば、その分の砂糖はいらない。聖花は甘いから。
実際、過去に聖花菓子を作らせて大量に食していた王女がいて、彼女は全く太らなかったという話が伝わっている。
でもそれだけではなく、効果が見込めるとは……。
「混ぜる聖花の割合も関係があるみたいなんだけどね。あとは強い力を持つ聖花だとまず間違いないことまでは、突き止めている」
さすが『お菓子公爵』だ。聖花について研究していたらしい。
「強い力を持つ聖花は、聖花だけで周囲に影響を及ぼす。淡く光ったりね。そして聖花の開花に関わった力が、その聖花の能力になるんだ」
「聖花の能力……」
「そう。例えば黒い聖花は闇の魔力を貯めこみ、だからこそ闇の魔術の媒介となる」
有名な話だ。なので聖花菓子で黒いものはあまり好まれないと聞いた。私は気にせず食べてしまっていたけれど。
思えば誕生日プレゼントの聖花は、黒い色が混ざっていた。
「私が食べた花は、どんなものだったのですか?」
「あれは白夜山脈……日差しを遮る夜の力が強い場所で咲いた。けれど夜は星の光は遮らない。そして星の光は運命や夢に関連する力だ。魔術士達は、そういう聖花を未来を見通すために使うらしい。ほぼ占い同然の精度だというけどね」
「夢……それで、お尋ねになったんですね」
なるほど。悪夢はやっぱり聖花のせいだったのだ。
私はもう一つの方も気になった。
運命。
もしかして。遮断のスキルが芽生えたのは、運命を動かすような星の力が私に影響したから?
「でも星の光なら、基本的にはそうそう悪い夢は見ないはずなんだ。私も何度となく食べたし、このアシェルにも食べさせたけれど、特に悪夢にうなされることはなかった。けど、夜の力の強さが気になってね……。夜の力が強い聖花を食べた時に、私も少々うなされたことが一度あって」
スヴァルド公爵はそこで「申し訳なかった」ともう一度謝罪してくる。
「そんな、公爵閣下に謝罪していただくほどのことではございません。気になさらないでくださいませ」
私は戸惑いながらもそう言った。
正直、こんな風に人に謝罪されるなんて、うちの召使い以外ではそうそうないことで、慣れていない。
それににスヴァルド公爵に下手に出られたままでは、今後これを見かけた人に、私が悪し様に言われてしまいそうで怖いし。もう終わったことにしたい。
「それに私もそれほど怖かったわけではありませんし。今日も残りの聖花菓子を食べようと思っているほどですので」
「まだ、残ってる……?」
スヴァルド公爵がその言葉に反応し、顔を上げてじっと私を見つめてくる。
ものすごく興味を引かれたようだ。たぶんこれは、私がもらった聖花の影響をさらに研究したい……ということ?
「今日も少し食べてみようと思っていたのですが」
すると公爵が私に近づき、がしっと両手を握りしめた。
「ぜひ頼みます。そしてできれば、その結果も教えていただきたい」
真剣なまなざしと公爵の勢いに、私はちょっと引いたのだった。