この手紙……本物ですか?
それでも味方がいるので、以前ほど暗い気持ちにはならない。
もう、私を嫌う病気にでもかかっているのかしらと思うから。
なにせこちらは、告発さえ済ませれば、どこかへき地でひっそりと暮らすか、平民になってオーグレン公爵令嬢エレナとは関わりのない生活をするのだ。
「今だけ切り抜ければいいものね」
ついつぶやいてしまったらしい。
「どうかされましたか?」
なにか言ったらしいことは聞こえたので、ブレンダ嬢が尋ねてくる。
「あ、いいえ大丈夫です。ひとり言を口に出してしまって」
「そういうことってありますよね」
うなずいてくれたのは、ブレンダ嬢のお友達の一人で、ほわんとやわらかな雰囲気の方だ。あまり身構えることなく話せる方で、嬉しい。
「気を抜いてはいけませんわ、リネア様。どんなことから上げ足を盗られるかわかりませんもの」
もう一人の方は、やや心配性な人だ。以前は少し厳しい人なのかと思っていたけれど、ちょっとつり目気味なのと心配しすぎなせいであれこれ言うせいなのだと、今はわかっている。
「本当にそうですね。今までもそれで言いがかりをつけられていましたもの」
私はうなずく。もうオーグレン公爵令嬢ときたら、私の言葉の全てを悪く取ろうとしてくるから、近くでうっかり口を滑らせないようにしなければならないのだ。
そこでブレンダ嬢が顎に指をあてて眉をひそめた。
「私でも、妙にリネア様にばかりつっかかる理由がわからないのは、不可解ですね……。伯爵令嬢を下に見るのは元からですけれど」
彼女がそんなことを言いだしたのは、辺りに私達以外に人がいなくなったからだろう。
エントランスへ向かいながらも、少し人がいない場所を選んで歩いていたから。おそらく友人達と私を引き合わせた後なので、他の人に聞かれたくない会話を出すつもりなのでしょう。
「……個人的な恨みがあるとか?」
「そもそも接点がないのです。実父が私をパーティーに連れ歩くこともありませんんでしたから、あまりほうぼうの方と顔を合わせていませんし。そのせいで、なかなか同年齢の方と知り合う機会も少なかったものですから」
私が首をかしげると、ほんわかした令嬢が腕を組む。
「うううう。本当に謎ですね」
「以前の家に恨みがあったのでは?」
心配性な令嬢がそう言うけれど、でもすぐに自分で首を横に振る。
「いえ、それにしてはあまりにもリネア様自身に恨みがありすぎるような行動……」
そこではっとしたように心配性な令嬢が目を見開いた。
「もしかして、リネア様が覚えていないところで、オーグレン公爵令嬢のプライドを刺激してしまったのでは? 例えばバイオリンだって、オーグレン公爵令嬢は高名な演奏者を教師に招いていると自慢していたのに、リネア様がいつも一番ですし」
「そういうことかしら」
ブレンダ嬢は首をかしげながらも、でもそれ以上に思いつくこともない。
「逆恨みをどうこうするのは難しそうですね……」
私達は一斉にため息をつくしかなかった。
そうしてエントランスに近づいてきた時だった。
「あの」
そっと歩み寄って来たのは、学院の召使いの女性だった。
やや生活に疲れた感じの、私よりずっと年上の女性だ。
「こちらお預かりしておりました、レーディン伯爵令嬢様にと」
差し出された白い封筒を、私は受け取る。
くるりと裏を見れば、ラース様の名前が書かれていた。走り書きのような急いだ文字で。
「ラース様が……?」
中身を見ると、学院の蓮池で待ち合わせたいと書かれている。そこで話があるらしいが。
この後、公爵家で顔を合わせた時にでも話せばいいのに……。
明らかにラース様とは思えない内容に、私は首をかしげる。
「どうなさいました?」
ブレンダ嬢が聞いてくれたので、私は手紙をそのまま見せた。彼女もラース様の文字は何度となく目にしているはずだから、本人のものなのか鑑定してほしいと考えてのことだ。
「ラース様の文字に似ていなくもないですけれど……。学院内で急いで書くというのも、おかしな話ですわね」
それから彼女はふふ、と笑う。
「私と一緒に、行ってみましょうか、リネア様。ついでに何か掴めるかもしれませんし」
その時、ブレンダ嬢が悪い笑みを浮かべてみせた。
断る理由もなく、私はブレンダ嬢と二人で手紙で指定されている場所へ行くことにした。二人のブレンダ嬢の友人達には、万が一を考えて帰ってもらっている。
この手紙を『作った』人間の身分が、もし高い人だったなら……ちょっと面倒だからだ。
(私やブレンダ嬢なら、ラース様をすぐに頼るという方法があるけれど、彼女達は直接ラース様と交流があるわけではないから)
彼女達の身の安全のためにも、こうするしかない。
そうして学院の蓮池へやってきた。
そこは、学院の建物を望む広い庭の一画だ。
けれど池の周囲は丈高い木などがあり、周囲からは少し切り取られたように感じる。
誰がいるのかは、近づかないとよくわからないのだが。
「ああ……予想の一つ目が当たったようですね」
ブレンダ嬢がつぶやく。
見えたのは白金の髪を巻いた令嬢と、そのいつもの取り巻きの人々。
エレナ・オーグレン公爵令嬢とその一味だ。